角田分 オフィシャルブログ

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最上川に 今冬 白鳥の初飛来の続編

最上川に 今冬 白鳥の初飛来の続編 (10月6日分のブログ)

  昨10月5日夜9:30頃 毎年のことですが、南下飛来の白鳥群が我が家の上空を鳴きながら飛んでいきました。よく澄んだ月夜で雲もなく渡りに最適な夜だと思っていましたし、寒気が降りてくるということだったので飛来の予感はありました。それでも一昨日の10月4日に初飛来があったばかりなので随分早い我が家へのご挨拶だなあ~と思った所です。『来たぞ~』と挨拶してくれたのだから礼儀として朝になったらご挨拶に行かなければと思いながら床につきました。
 朝5:20分頃 最上川スワンパークに向かいました。スワンパークに着いてみるとスワンパークは4日の朝と同様に、白鳥は一羽も飛来していません。
『やっぱり最上川ジャングルパーク(あまりにも樹木が繁茂して来て手入れが全くなされていないために僕が名付けた名称です)は、夜間の初飛来時には舞い降りることが出来ないだろうなあ」と思いつつ4日に初飛来を確認した両羽橋上流の中州の地点に向かいました。
 案の定、遠くからでも白鳥がいることを確認できます。何と4日の朝よりももの凄く数が増えています。4日の初飛来群が34羽と2桁の初飛来でしたが、2桁台の初飛来はここ10年程見られなかった状況でした。クッチャロ湖からの4日の電話でも15羽という多くの初飛来が3日のにあったということでした。
 今朝6日の飛来数は、300~400羽程はいるようです。観察地点から中州は、樹木が邪魔をして全てを完全に見ることは出来ません。しかも今日は、中州の上流に延びている砂利だけの部分の水際だけに白鳥が見られます。スワンパークが樹木が繁茂して白鳥が舞い降りられないと同様に、両羽橋上流の中州でも植物が背丈が高くなっている部分や背の低い草が生い茂っている所にも今日は白鳥が着水していません。夜に飛来したこともあるためかやはり安全が確認できる場所を選んで舞い降りているようです。
10月6日の観察の様子です
AM5:46 
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 写真 1 最上川スワンパークの今朝の様子

 最上川スワンパーク上流の通常は白鳥がたくさん見られる場所ですが、ごらんのような状況です(写真1)。昨夜、鳴きながら我が家の上空を飛来南下したはずの白鳥は1羽も確認できません。両羽橋上流を確認することにしました。

AM5:56
いましたいました。一昨日の34羽と比べものにならない程の数です。400羽位はいる感じです。岸辺の樹木で全体を見てカウントできるような状況ではありません。でも中州全体を見ても白鳥が着水している周辺には、草が生えていません。中州の下流部には、最高で1m程度の草が生えています。その下流部の草が生えている場所には、白鳥は一羽も着水していません(写真2)。
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 写真 2 両羽橋上流の中州 (右側が下流部)

 先日にも述べましたが傷病越夏個体2羽の姿は中州最下流部にある砂地が見える場所には見えます。始めて飛来する白鳥達にとって草地は案外危険が潜んでいる場所に見えるのかも知れません。
 中州にいる白鳥達で、一昨日の初飛来群の様子と違うのは、4日の白鳥たちのほとんどが頭部や首を背中に入れて休んでいたのに、今日の飛来群のほとんどは首が上げられています。観察時刻はほとんど同じなのに休息しているような者は見られず、むしろ採食に飛び立とうとしている様子さえ窺えます。恐らく夜中の飛来だったので休息は十分に取ることが出来て、むしろ採食に飛び出そうとしているようです。中州のどこかから飛び立つ水音も聞こえて来ます。岸辺の樹木が邪魔をして詳細は確認できません。

AM6:08 
 上空から後続の飛来群が降下してきました(写真3)。カウントでは24羽のようです。
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 写真 3 南下飛来の降下群

AM6:15
次々と白鳥が飛び立っていきます。60羽程の群れが飛び立って南西方向に飛去していきます(写真4)。
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 写真 4 次々と飛び立っていく白鳥

 また5~6分間隔で10羽程度の群れが飛来します。多くは観察地点の上空後方の北西方向から飛来して来るのですが、中には最上川下流のスワンパーク方向から水平飛翔して来るものも時々見られます。恐らくスワンパークに着水しようとした群れが、白鳥が全くいないし、樹木が繁茂しているために上流部の両羽橋方向に飛翔してきたものと思われます(写真5)。
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 写真 5 水平飛翔での南下飛来群
 
 飛翔してきた白鳥が上流の白鳥達の鳴き声や姿を確認して水平飛翔してきたのではないかと推測していますが・・・。この間にも白鳥達の飛去来がひっきりなしに行われています。

AM6:57
 頭上から南下飛来の少し大きな32羽の群れが降下してきました(写真6)。
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 写真 6 上空からの降下群

 続いて少し東側の上空からも16羽南下飛来群の降下です(写真7)。
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 写真 7 16羽の南下飛来群

 もちろん降下群を観察している間でも中州からは次々と群れが飛び立っていきますし(写真8)、
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 写真 8 採食に どんどん飛び立っていく

中州にいる白鳥等も首を立ち上げて、準備が整えば今にも飛び立ちそうです。初飛来の時には飛来の疲れからかほとんど地面に座り込んで休息していましたが、今朝の段階では、いつも観察する渡りの時期の動きの気配が感じられるようになっています。
 昨日の日本白鳥の会のメーリングでも猪苗代湖で6日朝に49羽の飛来確認があったとのメールも来ていますし、伊豆沼でも6日に25羽のコハクの飛来が確認されているそうです。もう本当に白鳥の南下飛来が本格的に始まったようです。
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最上川に 今冬 白鳥の初飛来

最上川に 今冬 白鳥の初飛来

 白鳥が飛来しましたので、僕のブログも活動再開始です。
今日2017年10月4日 午前6時20分頃 酒田市最上川のスワンパークよりも1000mほど上流で両羽橋よりもさらに上流500mほどの中州に24羽の白鳥が翼を休めているのを確認しました。

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写真 1中州で休息する初飛来群 

 例年だとクッチャロ湖の方から初飛来の知らせがあり、それからほぼ4日後の10月4日が最上川では初飛来を確認できるという段取りなのです。でも今年はそのクッチャロ湖からの第1報を知らせてくれる方が、職場内の部署が変わったせいかまだ知らせがありません。でももう白鳥が酒田に飛来しても良い頃だと判断して観察に向かった所、案の定白鳥の初飛来を確認できました。
 今朝6時20分頃中州の上流部で翼を休めている群れを発見しました。中州もだいぶ拡大しているのですが、草の生い茂っていない礫だけの岸辺に休んでいました。以前から指摘していたのですが、最上川スワンパークは、ジャングルパークと言える程樹木が繁茂して着水するには危険が伴うのかも知れません。やはり飛来地の環境はきちんと手入れをしておく必要があるようにも思います(写真1)。
 その後6時36分に上空から白鳥の鳴き声です。確認すると10羽の白鳥と2羽の雁が降下してきました。雁はそのまま飛去しましたが、白鳥は中州周辺に着水して合計34羽です(写真2)。
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 写真2 追従飛来の10羽とガン

 観察地点から中州まではとても離れていて、まず写真撮影をしてからプロミナーで識別確認をしましたが、頭部を背中に入れていない個体を確認した所、識別確認ができたものは全てコハクチョウでした。その内の1羽だけは色彩から幼鳥だと確認できました。その他の個体にも首の部分にだけ、まだ黒い羽根があるものがいましたので亜成鳥がほとんどだと思います。毎年そうですが、最上川での初飛来はコハクチョウで、幼鳥はほとんどいないか、確認できても1~2羽です。その事は以前から述べていることでもあります。
 もう1つこの初飛来の確認と同時に傷病越夏個体が1羽確認できました(写真3)。
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  写真3 傷病越夏個体(右上岸辺)

 採食物の植物が多い夏は越すことが出来るのですが、これから来る冬が傷病越夏個体にとっては植物が枯れてしまって、命を繋ぐことが出来るかどうかの厳しい季節の到来ということになります。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑩ 白鳥顔面のあれこれ

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白鳥顔面のあれこれ

ビルパターンも変化? 

 ビルパターンというのはオオハクやコハクという種別の分類だけでなく、それぞれの種を更に詳しく種内で分類していく1つの方法です。もう既にご存知だとは思いますが、ビルパターンによる識別は、これまではオオハクコハク共にそのクチバシの黒色と黄色の形状からダーキータイプとペニーフェイスタイプそれにイエローネブタイプと分類されていました。でも最近ではダーキーをイエローネブという色の状況を直接表現するような呼び方に合わせてブラックネブと呼ぶようになってきているようです(写真1)。
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 写真 1

 くちばしの黒色部が額の羽毛生え際からくちばし先端部まで途切れないでほぼ同じ幅で続いているのがブラックネブというように識別していました。ところが最近では白鳥のハイブリッド(交雑)化が進み、その黒色部が極端に細くなっているものも見られるようになってきています(写真2)。
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 写真 2

 ペニーフェイスというのは、ブラックネブと同じようですが黒色部の嘴峰中心部上方に黄色が見られるものを言います(写真3)。
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 写真 3

 特に日本で以前には、その黒色部が途切れていないものだけをペニーフェイスと呼んでいたこともあるようです。このペニーフェイスも詳細に見ていくとなかなか一筋縄ではいかなくなってきているようです。それは黒色部に入り込んだ黄色とそれを取りまいているはずの黒色がどの程度繋がっているのかという問題等です。黒色があまりにも繋がっていないとイエローネブタイプということにもなるわけです(写真4)。
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 写真 4

 ブラックネブとイエローネブはくちばしの嘴峰が黒色と黄色と言うことでその名前から想像できますが、ペニーフェイスという名前の由来は不明です。ところがそのことについて直接問い合わせをしてくれた方がいて由来が判明しました。命名者のピータースコット卿の子ダフィーラスコット氏が「父が黒色のくちばしの上にペニー硬貨があるように見えると話していた」ということです。イギリスに黄色っぽいペニー硬貨がありますがそれがくちばしの上に載っているように見えたからということでした。分かってしまうと「なあ~んだ」ということかな。
 イエローネブは、嘴峰中心部から下がくちばし先端部まで黒です(写真5)。
5DSC_0911 c480
 写真 5

このイエローネブタイプのものでも額の羽毛生え際に少しだけ黒色が見られるようなものもあります。イエローネブで額の羽毛生え際に黒色部が見られるものについてはオオハクでは更に詳しくブラックベース・イエローネブ(B・イエローネブ)と識別しているようです。コハクもそのようにもう一つ分類項目を増やすと正確に識別できると思われる個体も見られます(写真6)。
6DSC_1796 c480
 写真6 
写真6は、現在の分類方法ではコハクのイエローネブトいうことでしょうが、オオハクの分類方法を採用するとこの場合もブラックベース・イエローネブ(B・イエローネブ)ということになるのでしょう。こう分類するとよりその特徴を言い当てていることになるとおもいます。
 オオハクについても同じ3種のビルパターンによる分類があります。でも以前に皆様にお尋ねしましたが、日本ではまだオオハクのブラックネブの個体が観察されていませんし、僕の所蔵写真にもありませんでした(写真7)。
7オオハク 3種 c480
 写真 7
(次項でオオハクのブラックネブが日本で始めて観察され写真に収められたことを紹介します)。
 オオハクの個体識別がそれほど詳しく取り上げられないのは、イギリスのスリムブリッジのような研究機関がないからなのでしょうか(僕が知らないだけ?)。それともオオハクのビルパターンにコハクほど大きな特徴的なポイントが少ないからなのでしょうか。確かにオオハクのビルパターンを調べても個体によって大きな違いがないように思われます。でも写真撮影したオオハクのくちばしも詳細に見て見るとそれなりに違いがあることも分かります。写真8は、オオハクのイエローネブタイプを集めたものですが、黒色帯の形状が少しずつ違うことが分かるでしょう。
8オオハク イエローネブ c480
 写真 8

 今まで私が知らなかっただけかもしれないが、白鳥のビルパターンによる個体識別についてイギリスでは、コハクについてさらに詳細な文献が出ていました。今ではその文献はインターネットでも入手できます。でも昔の日本白鳥の会の先輩達がその事を紹介した文献が見当たりません。どうしたのでしょうかね。そのより詳しい個体識別についてはこのシリーズ①『個体識別をしよう』で詳細に述べていますのでここでは省略します。オオハクについての文献はまだないようです。
 ひと昔と比較すると光学機器の進歩で白鳥の頭部もより詳細に観察や写真に収めることができるようになりました。でも日本では白鳥学の進歩がそれに追いついていない面が多く見られるというのが実感です。まだまだ日本では白鳥を美しく写真に収めるという被写体とするのが主流で、白鳥の生態を詳細に追究している学者が少ないのではないかと思っています。確かに白鳥の生態だけを追いかけても飯を食っていけないですからね。でもより系統的に白鳥のことをもっと知りたいと思うのは自分だけかな。

日本で初確認! オオハクのブラックネブ

 数年前に読んだマーク・ブラジル著の『Whooper Swan』(オオハクチョウ)で、日本ではオオハクチョウのブラックネブ(その当時はダーキーと呼んでいました。)タイプが全くいないと書かれていました。そこで、私がほぼ50年撮影し所蔵しているオオハクの写真を捜してみましたが、確かにオオハクのブラックネブ(ダーキー)はありませんでした。そのことを私のブログで、日本ではまだ確認されていないことを述べ、どなたか記録している人はいませんかと尋ねました。しかし2~3件程の『これは?』という問い合わせはありましたがブラックネブと識別できるものはありませんでした。ところがオオハクのブラックネブと識別できる写真を撮影した人が現れました。それが写真9です。
9オオハク Black neb 正面 c480
 写真 9

このオオハクのブラックネブが確認・撮影された場所は岩手県の赤石堤で2017年2月18日(土)12時30分頃だそうです。確認撮影したのは、昨年からスワンウォッチャーになった栗原市在住の木村江里氏です。完全に白鳥の虜になって週末など休みがあれば地元の伊豆沼だけでなく近県にまで脚を延ばしてオオハクチョウを中心に観察に飛び回っていての発見です。
 写真のオオハク・ブラックネブの嘴峰部分の黒色帯が少し細くなっているのが気になりますが、間違いなくブラックネブタイプだと思われます。私の知っている範囲で、日本での初確認だと思います。
 オオハクのブラックネブが今まで日本で発見されていなかったが、ブラジル氏は、日本に飛来する白鳥群とヨーロッパに飛来する白鳥群の繁殖域が全く離れて違っているためだと述べています。アメコ(アメリカコハクチョウ)の場合も本来は北アメリカが繁殖域で極東ロシアは繁殖しない地域だと言われてきていましたが、繁殖域がより近接しているためにコハクと交雑して日本にもアメコやそのハイブリッドと思われるアメコ擬きのような個体が近年増加しているようです。コハクとアメコのハイブリット化の影響と同じようにオオハクのブラックネブの繁殖域も接近して来たのでしょうか日本にも来ていたのです。これからどのようにどんなブラックネブタイプが増加していくのか注意して観察していく必要がありそうですね。どんなブラックネブタイプという意味は、元々ブラックネブタイプは、額の羽毛生え際からくちばしの先端部までの黒色帯がほぼ同じ幅で続いているものだと思っています(私の先入観かな?)。ところが今回木村氏から送られてきた写真では、黒色体がその中間でその幅が少し細くなっています。だからこれも私の予想ですが、この写真のブラックネブは、ひょっとするとオオハクのペニーフェイスとブラックネブの子どもではないかと考えているのです。両親ともにブラックネブの白鳥だったら写真のように黒色帯の中間部が細くならないのではないかと考えています。それで今後どんなタイプのブラックネブが増えて行くのか観察していく必要があるだろうと述べたのです。
 木村氏からは識別同定しやすいように正面・左右の横顔の3枚の写真が送られてきました(写真10)。
10オオハク Black neb c480
 写真 10

個体識別の時もそうですが、できればこのように正面・左右の横顔3枚の写真を撮影しておくと後々識別や同定が完璧なものになります。
 たとえば、写真11のオオハクも瞬間的に見た場合ブラックネブタイプにも見えます。
11DSC_7928 c480
 写真 11

ただこの個体は、オオハクのペニーフェイスタイプで、黒色帯の額の羽毛生え際に黄色部分が見られます。それにこの個体は、くちばしの黄色帯に細菌によるものかと思われる黒色が広がっています。もしこのペニーの部分が汚れで黒くなっていると見間違う場合もあり得ます。白鳥のくちばしの黄色と黒色形状で識別しようとする時には、十分に注意が必要です。
 くちばしの黄色と黒色形状で個体識別をしようとする時に気をつけなければならないのが、くちばしの汚れや病気によると思われる黒色です。写真11の個体を正面と左右の3枚の写真で見てみるとその様子がさらによくわかります(写真12)。
12オオハク Black neb 擬き 2 c480
 写真 12

 特に、白鳥の採食環境によってくちばしの黄色帯が黒く汚れている場合もあります。細菌によると思われる黒色の場合は、前述のようにカビが菌糸を出して拡大する場合と似ている特定な形状になって黒色帯が広がっていきますので注意してみると見分けることは案外簡単だと思われます。この細菌によって菌糸を延ばしていると思われる黄色部の汚れはオオハクでもコハクでも見られます(写真13)。
13病気 細菌?c480
 写真 13


額の羽毛形状で年齢判別が出来るかも?

 木村氏からは、前項のオオハクブラックネブの写真の以前にも写真を届けていただいていました。その写真は、オオハク幼鳥で「これはブラックネブではないですか」という問い合わせもいただいていた。写真14がそれです。
14オオハク 幼鳥 c480
 写真 14

この写真を見ると右側の幼鳥が確かにブラックネブとも思えるところもあります。でも写真後方の成鳥(親)は、どちらかと言えばペニーフェイスタイプです。
 僕の住む庄内地方では人間で親によく似た子どもがいるとその子どもを見て「これは角田家のハンコだ」と言って顔にその家の特徴が遺伝していることを言うことがあります。白鳥の世界でも同じようで白鳥のビルパターンは、ある程度その形状に遺伝的なものが見られます。でも幼鳥時の嘴峰上の黒色形状は、今後成鳥になるに従ってどんな形になるのかは明確には判断できないのです。幼鳥の時から成長するに従って黒色形状が変化し成鳥になって始めてその黒色形状と額の形状が明確になるのです。そこで所蔵する写真でその様子を色々調べてみたら興味あることが分かってきました。
 幼鳥の時期から亜成鳥・成鳥と順に調べてみました。
 日本で今年生まれた野性の幼鳥を最初に観察できるのはもちろん初飛来時です。2010年10月6日最上川に初飛来が確認されたその日に直ぐ近くの水田でそのコハク幼鳥を写真におさめたものがありました(最上川河口への初飛来はほぼ毎年コハクです)。越冬期に入った幼鳥のくちばしには少し生活汚れが見られ、その明確な額羽毛の生え際形状は読み取れません。ところが幸いなことにこの写真にはその汚れはなく額の羽毛が生えている形状がはっきりと読み取れます(写真15)。
15 4385 4451 c480
 写真 15

この時には亜成鳥と思われる個体も写真に収めていました(写真16)。
16DSC_4465 20101006 亜成鳥 c480 2
 写真16

写真16の左右の個体は見て分かるように別個体です。幼鳥期と亜成鳥期の2枚の写真を比較してみると幼鳥期から亜成鳥期にかけての額羽毛生え際の変化の様子が少し分かるようです。
 同一個体で、幼鳥期と亜成鳥期の額羽毛の生え際形状を比較できる写真もありました。この写真は、121Yコハクチョウの標識個体で同一個体だと確定できます。この写真でもその形状の変化を伺い知ることが出来ます(写真17)。
17標識個体 121Y  c480
 写真 17

 ここで何を述べようとしているのかというと成鳥時にはほぼきれいな曲線状になっている額羽毛の生え際形状が成長段階に合わせてその形状を変えているらしいということなのです。
今まで提示した写真からコハク幼鳥の額羽毛は、嘴峰中心部までスプーン状に伸びていることがわかります。それに対して亜成鳥の形状はそのスプーン状の形が少しずつ消滅してだんだんと成鳥本来の曲線の形状へと移行しています。コハク成鳥の額の線は、少し緩いカーブの曲線か直線状になっていることを考えると幼鳥期から成長するに従って額の羽毛の生え方が変化してきていることが良く分かるのです。だからビルパターンによる識別は幼鳥期や亜成鳥期に行なっても形状が変化するのであまり意味がないということになるわけです。
 オオハクの場合もこの額羽毛の形状変化は同じようなことが言えそうです。木村氏から届けられたオオハク幼鳥のブラックネブタイプでは?という写真もこのような理由から幼鳥段階では判断できないということになります。
 オオハクの場合の変化はどうでしょうか。オオハク幼鳥の初飛来に一番近い状況は、2010年10月20日日本海を南下飛来して来た群れが八郎潟の水田に降下した時のものです(写真18)。
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 写真 18

 残念ながら北海道でのものはありませんでした。この写真を見てもオオハク幼鳥でも額羽毛の生え際形状は、コハクと同様に嘴峰中央部近くまで伸びていることが分かります。
 別個体の幼鳥ですが、11月下旬の写真でも嘴峰上にスプーン状に羽毛が生えているのも分かります(写真19)。
19オオハク 幼鳥 c480
 写真19

 更に幼鳥期の1月頃になると個体差かも知れませんが、スプーン形状の少し先端が細くなり始めてきているのも分かります(写真20)。
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 写真 20

オオハクでは亜成鳥初期の3月頃には、くちばしが少し黄色味を帯びてきてもまだ羽毛のスプーン形状が認められるものもあります。個体差なのかも知れないがその後、額の羽毛形状の先端が鋭角状になってきているものもあります(写真21)。
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 写真 21

その後成鳥になるに従って鋭角状の部分の羽毛が消滅して曲線状になるという過程を経ているようです。もう少し詳細に調べないと明確には分かりませんが、この額羽毛の生え際形状を見ることによって幼鳥を連れた成鳥でも若い成鳥なのかそれなりに年齢を重ねてきている成鳥なのかもある程度判断できそうな気がしています。

 この額羽毛の生え際形状変化の状況を少しまとめてみるとオオハクの場合ももちろん個体差があることは間違いないことを前提に述べさせていただきたい。
 幼鳥期にはその形状がスプーン状になっているが、次のシーズンには羽毛も次第に白色化して亜成鳥前期の段階に入る。そしてスプーン形状の先端は少しずつ三角形状になることは前述しました。
 その後の亜成鳥後期には三角形状も次第に小さくなって成鳥前期には、ほぼその形跡が僅かに見られるほどの曲線状になる。この成鳥前期のまだ三角形状先端部の痕跡が見られる段階でも幼鳥を連れたつがいも見られるのです。更に詳細に見るとその先端部に羽毛痕と思われる白色が点状に確認できる個体もいるのです。この成鳥前期のまだ三角形状先端部の痕跡が見られる段階でも幼鳥を連れたつがいも見られる(写真22)。
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 写真 22

更に他の個体でも詳細に見るとその先端部に羽毛痕と思われる白色が点状に確認できる個体もいる(写真23)。
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 写真 23

大まかにこのような段階を経ていわゆるその白鳥種の成鳥と言われる額羽毛の生え際の曲線が完成するものと思われます。
 観察例が少ないのでまだはっきりしたことは言えないが、幼鳥を多く連れているつがいのこの額羽毛の生え際形状を詳しく見てみるときちんとした曲線になっているものが多いようだ。5~6羽と多くの幼鳥を連れている家族群の場合、連れ子といってはぐれた幼鳥も紛れ込んでいる場合もある。それでさらに精査する必要があるが、多くの子どもを育てるにはそれなりの生活経験も要すると考えられる。そんなことと幼鳥数の多さを勘案すると額曲線が完全に完成したつがいは熟年期のオオハクではないかとも考えたりしている(写真24)。
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 写真24

 これらのことから逆説的に考えると額羽毛の生え際がまだきちんとした曲線になっていなく、数本の羽毛先端部が確認できる場合、体色が全く白くてもまだ完全な成鳥になっていない個体だと判断出来るのかなとも考えている。動物園や標識鳥などの個体識別が完全に可能な個体で調べるとはっきりするのかなとも思う。
 現段階でコハク傷病鳥での繁殖つがいと亜成鳥の時から約5年間観察しているオオハクの傷病鳥の額羽毛の生え際形状の写真を検討してみることは出来る。
 コハクの121Yの標識個体での幼鳥期と亜成鳥前期への変化については前述した通りだが、5回ほど産卵したコハク傷病鳥のつがいの額の羽毛形状は、写真25です。
25傷病コハク 額形状変化 c480
 写真 25

御幕場大池のオオハクチョウの額羽毛の生え際形状は、写真26です。
26傷病オオハク 額形状変化 c480
 写真 26

 額羽毛の生え際形状の変化と白鳥の年齢については、あくまでもまだ状況を精査確認の段階ですが、興味ある方がおられましたら追跡調査をしてみて下さい。
 これまで以上に白鳥を詳細に観察していく必要があるようだと考えています。
 人間の場合『富士額』と言って美人の条件とされた額の毛の出っ張りが白鳥の場合には成長段階の判断の目安になるとは、ちょっと驚きです。
 オオハクコハクの額羽毛の生え際形状の変化については、次のブログ(2017年10月1日予定)で、所蔵写真をもう少し詳細に検討し系統的にまとめてみたいと考えています。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑫ 御幕場大池

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑫  観察写記  御幕場大池

 傷病越夏白鳥の行動   

 ここ御幕場大池ではまず一番最初に傷病のために数年にわたって越夏している白鳥たちのことを述べなければならないだろう。
 自分が白鳥の生態を追いかけ始めたのは白鳥のある行動を見てからだということは機会ある毎に述べている。その行動というのはつがいと思われるオオハクチョウ2羽が近寄りながらも一方の白鳥の頭を軽く噛んでいるのです。でも頭を噛まれている方の白鳥は厭がっている素振りも見えないのです。そのことから『白鳥にも感情があるのだろうか』ということで生態を追い始めたのです。
 何で今さらこんなことを冒頭に書いたのかというとその白鳥たちの『感情』に関わると思われる怪我をしたために故郷の極東ロシアに帰れない白鳥たちの想いを伺い知れる行動を観察したからです。
 
 この池で彼ら傷病白鳥との出会いは、それぞれ違っているが、ここで取り上げようと思っている3羽については特に知っておいていただきたい。傷病鳥として発見した順にまず紹介しておく。
・コハクチョウA個体…この個体は2012年12月17日左翼の初列風切の外側数枚欠損の成鳥として発見(写真1)。以後はコA個体と表記。
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 写真 1 コAの個体

・オオハクチョウA個体…この個体は、2013年1月13日左翼切断の幼鳥として発見(写真2)。以後はオA個体と表記します。
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 写真 2 オAの個体

・コハクチョウB個体…この個体は2015年3月6日に右翼欠損の亜成鳥として発見(写真3)。以後はコB個体と表記。
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 写真 3 コBの個体
 
 この他にもこの池にはオオハク1羽とコハク数羽の傷病鳥がいるようだが、傷病の程度は明らかではない。ただ、この池で翼を傷めた白鳥が多いのは、池の立地条件だろう。風向きによって白鳥が飛び上がっていく南東側に国道345号線があり、その道路脇に電線が数本張られていて、飛翔の際にその電線に気がつかないで翼や脚を痛めている白鳥が多数出現する要因になったようだ。数年間に電力会社によって電線に目立つ色のカバーが付けられたので今後は減少する可能性はある。
 ここに取り上げた3羽の白鳥について観察したことを記したい。

  行動その1  何としても飛び上がりたい
 
 コAの個体は、この池で4シーズンを過ごしたことになる。発見した時は、写真1のように飛び上がろうと水面を必死に走っていたので気がついたのです。飛び上がるものだとばかり思っていましたが池の中央まで来て飛び上がるのを止めてしまいました。この池を訪れるたびにその行動を目にしていた。どうして飛び上がれないのだろうかと思って撮影した写真を詳細に見てみたら左翼初列風切の外側が数本欠損している。そのためだろうか水面を走り出しても体全体が少し右側に傾いて走っているように見える。初列風切が数本無いだけで飛び上がることもできないのだ。
 池をねぐらにする白鳥たちが採食に飛び上がっていく時には、必ずと言っても良いほどこの行動を目にしていた。何としても仲間と一緒に飛び上がって採食し故郷へ帰りたいというこの白鳥の想いを見る度に毎回痛いほど感じていました。でも何ともできません。
それなのにこの度、敢えて取り上げたのは、更なるこのコAの個体の想いを感じたためです。
 白鳥の北帰行動が盛んになってきて、ここ御幕場大池でも白鳥の数が目に見えて減ってきています。 2017年3月4日朝、仲間のコハクチョウのほとんどが採食に池を飛び上がって行きました。案の定、コAの個体も水面を走り出しました。鳥インフルのためにしばらくこの池を訪れていなかったので久しぶりにこの白鳥が飛び上がろうとするのを目にしました。怪我をしてこの池で4シーズン目ということもあり、少しは力が付いたのでしょうか、今までよりは力強く少しは高く舞い上がれるようにはなったようですがやはりダメでした(写真4)。
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写真4 

 ここまでは同じなのですが、その後の行動です。これまではそんな行動は目にしたことはありませんでした。飛び上がるのを止めた白鳥が、水面に首を深く差し入れて水の中で強く空気を吐き出す行動をしたのです(写真5)。
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 写真 5 

しかも一度だけではありません数回その行動をしたのです(写真6)。
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 写真 6

 この行動は喧嘩をした時など怒りがある時に行う行動です。この行動を観察して、感情移入ではないのですが、このコAの白鳥の悔しさとか自分のふがいなさなどがあるのではないかと思ったのです。「こんなに頑張ってもどうして飛び上がれないのだ…」そんな心の声が聞こえたような気がしました。何とも言いようのない思いです。



 行動その2 傷病鳥との戻りラブリング

 ラブリングという行動はもうおわかりだとは思いますが、白鳥2羽が寄り添ってハート型を造り出す絆の確認行動です。戻りラブリングというのは、飛び出して行ったつがい等の1羽がまだ水面に残っているもう1羽の所に戻って来てラブリング行動をすることです。その行動を飛べない傷病鳥の所へ戻って来て行なったということです。
 コB(コハクチョウのB)の個体との間とでその行動を観察したのです。(個体識別はビルパターンで可能です。)
 何故ここに書き出すほどのことなのかというとこのコBの個体は前述したように亜成鳥の段階の2015年3月にこの池で見つけたものです。それで、この戻りラブリングが観察されたのは、次の年の2016年2月17日に観察し写真に収めたものなのです。このコBの個体は右翼を欠損していますから飛翔できません。ですから2015年春の北帰行はできなかったのです。それに対してラブリングに戻って来た相手は繁殖地に戻ることができました。この相手のコハクチョウは、繁殖地に一度戻ってから次のシーズンになってここ御幕場大池に戻ってきたのです。つがいの相手であろうコBの個体の所に・・・・。もちろんこの日にこの池に戻って来たのではないと思いますが…。でも、コBの個体は、亜成鳥の時に翼を無くしてこの池に残っていたわけです。ということは、その以前にカップルとなる契りを結んだということになると考えられます。日本に渡ってくる2度目の渡りの間のことでしょうか…。それは分かりませんが、飛べない相手の所に戻って来たのです。そのことは事実です。私が写真に撮る以前からその戻りラブリングは続けられていたのだと考えられます。
 この日、この2羽の戻りラブリングに気がついたのは、採食に飛び出す多くのコハクの中に、このコBの個体が飛び出そうとする姿が写真に収められていました(写真7上)。
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 写真 7

そして、その直後に戻って来た白鳥(写真7下)と『戻りラブリング』をしているのも収めたのです(写真8・9)。
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 写真 8
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 写真 9

 本当にこんなことってあるのだろうかと何度も写真を見直しました。でも写真の同じ続きに間違いなく写っているのです。
 コBの個体の雌雄は分かりませんが、いずれにしても亜成鳥の段階での絆の契りが、翌年まで続いているのは間違いないのです。1年間待ち焦がれた出会いであったのではないでしょうか。でも残念ながらこの年以降は、このコBの個体への戻りラブリングは観察できていません。


 行動その3 オオハク・コハクのペアリング

 オオハクチョウとコハクチョウがまるでペアーになったかのような行動は各地で報告されている。ここ御幕場大池でも傷病越夏のオオハクとコハクがつがいになったかのような行動が長い間観察されている。オオハクチョウの個体は、写真2のオAの個体で、コハクチョウは、前項で述べてきたコBの個体です。エッ!傷病鳥の戻りラブリングをした個体?と耳を疑りたくなるのでしょうが、2015年の秋頃からコBの個体がオA個体と一緒に行動することが多く見られていました。オA個体もこの池で初確認をした時には幼鳥でしたが、2015年には立派(?)な成鳥となっていました(写真10)。
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 写真 10

 戻りラブリングをしたコBの個体がオオハクチョウとペアリングというようなことは考えられないのですが事実です。このことはどう理解したらいいのでしょうか。
 オオハクとコハクが、お互いに多くの仲間がいるのにペアーになったような行動をするメカニズムについても分かりません。この池にも傷病鳥ではあるがオオハクもコハクも1年中一緒にいる。それでもこのようなことが起きるのはやはり何かが作用しているとしか考えられない。通常どちらかといえばオオハクはコハクが休息している場所に行って無理やりその場所を奪い取るような横柄な行動を取っているとしか見えないのだが…。そのオオハクとコハクがペアーになるというのはどういうことなのだろうか。人間の場合も毛嫌いしていたと思われる男女がある日突然夫婦になっていたということもあるのが世の中だから…これもありかな?。
 このオA個体とコBの個体のペアリング的な行動というのは、お互いが向き合って鳴き交わしたり、別のつがいに対しても2羽が一緒になって首を斜めに傾けて鳴き交わすなど日常的に見られるつがいの行動と全く同一な行動を取っている(写真11)。
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 写真 11

 さらには、2羽が好んで休息する場所を確保し、他の白鳥を寄せ付けなかったり、渡ってきた白鳥の群れを2羽で追い払うような行動までしているのです(写真12)。
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 写真 12

ま たコBの個体が他の白鳥から突かれたりするとオAの個体がその白鳥を追い払うなどの行動も見られます。傷病鳥であるために池の周囲に上がってする採食の際にも2羽が一緒に行動することも見受けられるのです。
 この2羽の雌雄は不明です。もしこの2羽が雌雄であった場合、産卵繁殖ということも考えられますが、この周辺では、人間や犬猫なども観察されることからちょっと無理かなとも思われます。


 行動その4 一緒に行動したい…

 この池の越夏傷病白鳥は、長いものでは4シーズンをここで過ごしています。多くの河川等に残っている傷病白鳥は、夏を越えることが難しく秋になって白鳥が渡ってくる頃にはその殆どが命を終えることが多いのです。しかしこの池では結構高い確率で白鳥が越夏に成功をしています。地域の人が自由に給餌できることもそのことを助けているのかも知れません。また冬でも地域の農家の方と思われる人が米袋で籾を与えたり、家族連れがパンを片手に給餌をしているのです。
 長く生きていられるからの行動かも知れませんが、興味ある行動を2つ観察しました。
 一つは、白鳥が渡ってきたばかりの2016年10月17日午前8時26分のことでした。それまでそんな行動を私は観察したことがありませんでした。それは、渡って来ていた白鳥が全て採食に飛び立った後のことでした。その岸辺には傷病鳥4羽が残されました。全ての白鳥が飛び立って間もなく岸辺で採食をしていた傷病鳥の1羽以外全部が岸辺に勢揃いをしたのです(写真13)。
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 写真 13

 白鳥同士で呼びかけあったのかも知れませんが私にはわかりませんでした。そして次の瞬間3羽一緒に一斉に岸辺から走り出したのです(写真14)。
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 写真 14

もちろん翼に損傷のある白鳥ですから飛び上がることはありませんでした(写真15)。
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 写真 15 

 その様子を見ていて、やっぱり怪我をして飛べない白鳥であっても仲間の白鳥が渡ってきて採食に飛び出すのを見て、自分も一緒に飛び出し採食をしたいのだと思いました。何だか心にぐっとくるものがありました。夏の間飛び出すことができなかったのが採食に飛び出して行く仲間を見て、自分ももう一度一緒に飛び出して行きたいと思ったのかも知れません。しかも傷病鳥が一緒になって同じ行動をとって走り出したというのが何とも言えない思いにさせられました。これまでも1羽づつ勝手に飛び上がろうと水面を走り出す姿は何度も見てきたのですが、一斉にというのが彼らの気持ちを表しているような気がしたのです。
 もう一つの行動は、つい先日の2017年3月11日午前8時1分のことです。ここ御幕場大池の白鳥もだいぶ北上飛去をしたらしく、オオハクチョウの姿はほとんど見られませんでした。コハクのほとんどが飛び出して行ってしまい、オオハクの家族と思われる3羽だけが残っていました。そのオオハクも飛び発とうとする行動を始めました。その時、オA個体も一緒に飛び発とうとするようにその家族と同じ行動を始めたのです。家族が水浴びを始めるとオAの個体達も水浴びをして羽ばたきをしたり(写真16)、
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 写真 16

飛び発つ列を作ろうとすると同じようにこの列に加わろうとする行動を取るのです(写真17)。
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 写真 17

家族の方ではそのことを厭がるように追い払おうとしています(写真18)。
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 写真 18

追い払われてもまた一緒に行動しようとするのです。そんなことを何度か繰り返すのを見て、やはり傷病鳥も仲間と一緒に故郷へ飛び発ちたいのだとつくづく思いました。やがて家族の飛び発ちと一緒に傷病のオオハクも水面を走り始めました。でも結果は見え見えです。飛び発つことはできませんでした。
 このオオハクチョウたちが一緒に飛び発とうとするその行動をその直ぐそばで見ていたコハクがいるのです。コBの個体です。ペアーのように行動していたコハクでもオオハクが同種の仲間と一緒に飛び発とうとする行動には入ろうとはしませんでした。いや入れなかったのかも知れません。オオハクチョウにはオオハクチョウの種としての想いがあるのでしょう。これも白鳥の世界の純然たる事実なのかも知れません。
 ペアーリングしていてもオオハクが仲間と一緒に飛び発とうとする気持ち・想いを変えることはできないようです。あるいはオオハクチョウが同種であるオオハクチョウに対する想いというのはペアーの相手に対する気持ちよりも強いものなのかも知れません。オA個体が仲間のオオハクと、飛び立ち前の水浴びをしたり隊列を作る等の同じ行動する時にコBの個体が付きまとうようにその周囲で行動していたこともオA個体は知っていたはずです。でもそのこともこのコBの個体も十分知っていたのかも知れません。同種のつながりというのは、よく分かりませんがそんなものなのかも知れません。
 それであれば尚更オオハクとコハクの異種ペアリング的な行動が不可解になります。
 ペアーとしての結びつきと同種として体に流れている血やDNA等との違いなのでしょうか。理解不能な領域かもしれません。いずれにしても最後のオオハクの家族が飛び発とうとする時にオオハクという血が止めることのできない行動を引き出したのかも知れません。

 ※自分では『飛び立つ』という言葉と『飛び発つ』という言葉を意識して使い分けています。飛び立つという場合は、日常的にその辺に飛び立って行く場合に使用しています。『飛び発つ』という言葉の使い方は、白鳥が繁殖地へ飛び発つように、直ぐにはここに戻ってこないような状況の時に意識して使用しています。

強風下での戻りラブリング  

 以前のブログ『近寄る』の項で戻りラブリングについて書いた。その際、戻りラブリングというのは、たくさんの白鳥が飛び立った時に、ペアーの相手を水面に残したままで飛び立ったことに気付いた1羽が水面に戻ってラブリング行動を取るものだというように記した。またすぐ直前にも傷病鳥との戻りラブリングのことについても書いた。
 それとほとんど同じなのだが、この2月24日にこれまでの戻りラブリングとは若干意味合いの違う行動を観察した。それが強風下での飛び立ちに伴う戻りラブリングだ。ここ御幕場大池は日本海から近いこともあって北西の季節風が強く吹きつける所でもあります。そのために白鳥たちはこの北西の風が吹いた時には飛び上がるのにとても難儀をしていました。飛び上がれなくて水面に叩きつけられるように戻されたり、飛び上がれなくて池に舞い戻されることも度々観察していた。これまでもあったのだろうが、採食に行くのにこの風で飛び上がったのは良いのだが、飛び上がれなくて家族と別れ別れになる白鳥がいたことが分かった。強風のために飛び上がれなかったか、水面に戻されたのかは不明だが、残された家族の元に戻ってきてラブリング行動を行う白鳥がいたのだ。戻って来たのが成鳥1羽だけで幼鳥を含めた家族が水面に残されていた場合(写真19)もあるし、
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 写真 19

幼鳥と一緒に戻って来た成鳥(親)もいた(写真20)。
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 写真 20

 これ迄述べてきた戻りラブリングと異なる点は、これまでは成鳥2羽だけの戻りラブリングだったが、この強風による戻りラブリングでは近くに必ず幼鳥の姿が確認できたということだ。これまでも気がついていなかっただけかも知れないが、この場合の戻りラブリングは、家族が一緒だということだ。家族の元に戻って来てのラブリングだが今回の観察では親同士のラブリングがほとんどで、幼鳥とのラブリング行動らしいというのは1例だけ観察した(写真21)。
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 写真 21

 水面に複数の幼鳥が残されていた場合でも複数羽が一緒にラブリング行動をすることは観察されなかった。
 今回の強風に伴う戻りラブリング行動でもその行動は、基本的に成鳥同士が行うものであって、家族として親に追随している幼鳥は、直接関係しているものではないようだ。
 この池ではオオハクチョウも確認できるが、強風に伴う戻りラブリングではオオハクチョウは確認できなかった。

標識鳥とアンテナ    

 私が白鳥の生態を追い始めた頃、日本でも標識調査というのが行われ始めたようだ。白鳥は当時のソビエトのシベリア(現在ではロシアの極東ロシアと呼ばれている地域)で繁殖をして日本に渡ってきていると言われていた。その渡りのルートを突き止めようということで首環標識が行われるようになったようだ。
 日本で白鳥に最初のカラー標識は1975年4月4日にクッチャロ湖でコハクチョウに「001Y」の緑色の標識が山内昇氏によって着けられた(写真22)。
標識鳥 コハク 001Y 昭和55年0102 c480
 写真 22

 オオハクチョウには『1C01』が翌1976年3月14日に風蓮湖で着けられたという。標識の着け方は、国際的なきまりがあって日本で着ける標識の色は緑色でロシアは赤い色です。また白鳥の種類や着標時に幼鳥か成鳥かによっても頭部(上)の方から読めるものと体(下)の方から読めるもの等と詳細な規定がある。ちなみにオオハクチョウは、首を伸ばした時に体(下)の方から読めるように着標し、コハクチョウは頭(上)の方から読めるようにする。また着標時に幼鳥の場合、右脚にカラー環、左脚に金属環を装着し、成鳥の場合はその逆にするきまりになっている(写真23)。
脚環 成鳥時装着 c480
 写真 23

 首環の数字は分かるが、オオハクが『C』でコハクが『Y』と使用するアルファベットが違うのは、オオハクは、英語の『Cyguns』のCでコハクは『Cyguns』の2番目のYを使っているからだそうです。また脚の金属環の『15A』とある15はハクチョウやタンチョウ等の大型鳥類の脚環のサイズを表しているのだそうです。
 このカラー標識が着けられた当初は、双眼鏡で遠くからでもその色や番号が読めるということで新聞に何色の何番が飛来しているということも取り上げられたこともあった。何故こんなことを書いたのかというと最近この着標のきまりが守られていないものも見られるのだ。
 その後技術的な進歩で首の標識と背中に背負わせるショルダー型の発信機が着けられるようになった。白鳥にとっては首の標識だけでも不自由になったものが今度はアンテナという生活する上で不必要な出っ張ったものまで着けられるようになった。その後さらに発信機の小型化と太陽電池の出現により首環標識に小型発信機を着けるようになった(写真24)。
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 写真 24

首環と発信機のアンテナが一体化されたのは良いが不自由さは同じように見えた。
 この小型発信機と通信衛星の活用によって白鳥の渡り経路等が以前よりも詳細に分かるようになったのは利点である。
 以前の項にも標識調査のことを書いたが、どうやら今では、小型発信機を中心とする調査によって首環標識がそれほど活用されなくなっているのではないかということをここ御幕場大池で見た白鳥でも感じた。ここで見た白鳥には、首環(標識)がなかった。以前に記した木間塚でのロシア着標の個体にも首環標識はなかった。首環標識がないものを標識鳥と呼んで良いのかは分からないがとりあえず標識個体と呼ばせていただくことにする。
 首環への発信機付き標識調査時から感じていたのだが、発信機の役割を果たすにはアンテナが必須となる。首環ももちろんそうであるがこのアンテナが白鳥にとっては邪魔で仕方がないものに思えるようだ。着標者の話も読んだことがあるが、彼らの言うことは、着標時には邪魔なような行動を取るが間もなく慣れて白鳥にとっては然程邪魔にはなっていないようだという声がほとんどだった。然程邪魔になっていないということをどの程度と受け止めるかによると思うが、私から見るとそれは着標者の我田引水的な表現であって白鳥たちは、結構長い間邪魔だという行動を見せている。例えばコハクの180Yの個体と今回の個体の例を挙げてみよう。180Yの個体は、2009年11月4日に着標された。その4日後の同年11月8日にはここ御幕場大池で確認された。写真25は着標後ほぼ20日後の11月23日ここで撮影したものだが、まだ気にしている。
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 写真 25

水浴びの際にはどうにも気になって仕方がないように見受けられた。翌2010年11月7日に幼鳥連れを同所で確認したが、この時にはアンテナではなくまだ首環自体を気にしていた(写真26)。
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 写真 26

 今回確認した標識個体は2017年3月12日でした。首環がなく、最初は気がつかなかったが、水浴び後の動きがあまりにも不自然だったので双眼鏡でショルダー型発信機の存在に気がついた(写真27)。
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 写真 27

標識調査に詳しい方に問い合わせたら2016年11月25日福島潟で山科鳥研と新潟大が共同で装着したものらしいということが分かりました。この個体は発見したAM6時51分~56分の間中、飛び出し前の水浴びをしていた。その間中アンテナが気になるらしくてくちばしでアンテナをくわえる動作を何度も行っていました(写真28)。
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写真 28

 装着したのが11月ですから3ヶ月半ほど水浴びのたびにこういう行動をしていたのではないかと思って可哀想になりました。そのためでしょうか、アンテナを包んでいる被覆がぼろぼろでした。
 今回とその前の標識個体を見て標識調査って考え差させられました。特に機器の故障と落下時期の関係で。


越冬場所の固定化     

 毎年白鳥が越冬する場所で給餌活動をしている人がよく「今年も去年と同じ白鳥がやって来ている」というのを耳にすることがある。どうもそれは本当らしくここ御幕場大池で毎年観察しているが、その傾向はここでも確認できる。
 渡り鳥のツバメが毎年同じ巣に戻って来て繁殖していることも標識調査で明らかにされている。その訳はその場所に土地勘があるということらしい。この時期にはあの場所に行けばこのような餌が捕れる。だから繁殖が成功できたことが誘因となっているらしい。白鳥の越冬についても同じようなことが考えられそうだ。多少雪が降ってもあの場所では採食出来るし、その場所が無理だとしたらあそこだったら草が出ていて採食が可能だというような土地勘も毎年同じ場所で越冬すると可能になりそうだ。だから敢えて無理して越冬場所を毎年変えるよりも効率的に越冬できると考えることができるのではないだろうか。
 全部の白鳥がそうだとは言い切れないが、前項でも述べた180Yの標識鳥も標識があったために私の写真の記録に2シーズンに渡ってあった。この180Yの個体は2009年11月8日に始めてこの場所で確認した。その後同年11月23日と翌2010年11月8日から2011年2月14日迄の3ヶ月間に計7回確認できた。その後は確認できなかったが少なくても2年間はここ御幕場大池で越冬していたことになる。発信機付きの標識鳥であるために2011年1月下旬にしばらく確認できなかったので問い合わせたところ、この冬の大雪のためか南下して長岡市内の河川で過ごしていたことが分かった。その後もまた北上して2月中旬にはここ御幕場大池で確認できた。
 このように積雪の状況によって南下することもあるが180Yの個体は基本的にはここ御幕場大池が越冬場所と考えて良いようだ。 
 ここ御幕場大池を毎年の越冬場所にしているもう1例がある。この例は標識ではなく、ビルパターンによる識別で同じアメリカコハクチョウの個体だと同定したものです。このアメコは、1シーズン目は2014年2月24日に始めて確認した(写真29)。
写真28 DSC_7761_7687 20140214 御幕場 c480
 写真 29
翌々シーズンの2015年11月6日(写真30)。
写真29 DSC_1125_1130 20151106 c6480
 写真 30

更に次のシーズンの2016年11月14日(写真31)
写真30 DSC_4622_4638 2016114 御幕場 c480
 写真 31

と2017年3月12日(写真32)にも確認した。
写真31 DSC_0608 _0634 20170312 御幕場 c480
 写真 32

 白鳥たちの越冬場所もこのような例でも分かるように案外固定化しているのかも知れない。より詳細な観察が求められそうだ。


 御幕場大池もいい

 以前に木間塚(宮城県大崎市)を白鳥観察や写真撮影に最適な場所として取り上げたが、ここ御幕場大池(写真33)も白鳥ウオッチャーとしては是非とも一度は訪れておくべき場所だと思う。
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 写真 33

 ここも日本白鳥の会の『白鳥重要越冬地100選』に選定された場所でもあります。木間塚と御幕場大池のどちらを勧めているのかと問われそうだが、両方だ。甲乙つけがたい。
 ここ御幕場大池は、白鳥たちにとって渡りにも越冬にも重要な場所だ。この池は周囲が500m程の小さな池だが、池の周り全てが観察場所でもあり撮影可能な場所でもある。基本的に立ち入り禁止等ほとんど規制はない。そのため飛び上がる前後左右どの方向からでもその様子を観察撮影できる。ここでは早朝の飛び立ち(写真34)から
次々飛び立つ白鳥 
 写真 34

ネグラ帰り(写真35)まで目前で観察できる。
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 写真 35

 白鳥の数も多い時では400羽を越える程で、通常10月中旬から翌年の4月桜の咲く時期まで羽数の増減はあるが観察できる。愛鳥団体等による給餌は行われていなく、近隣住民による自由給餌がなされている。
 瓢湖や佐潟など白鳥飛来地として有名な地点で白鳥が北上飛去してしまってもここではしばらくの間観察できる。それには、2つの点が上げられそうだ。1点目は、他の場所で平野部の水田が乾燥し白鳥の採食が不可能になっても御幕場大池周辺の水田は水位が高いところがあるので採食ができる。それに乾燥した水田でも草の新芽が出ている所もあるので白鳥の採食物もまだある。2点目、3月中旬以降北上飛去する白鳥は、平野部の水田乾燥地帯を回避して本州中部の山麓地帯や内陸部のまだ雪解けが進んでいない雪解け前線の地域を選んで北上する。例えば猪苗代湖周辺では北上飛去の早い今年でも3月下旬にまだ2,000羽以上の白鳥が確認されている。ここ御幕場大池はその猪苗代湖からの北上飛去のルートと考えられるために、4月上旬でも次々と白鳥が飛来してくる。さらに3月中旬に白鳥の北上飛去がほぼ終了した庄内平野の水田地帯も4月に入ると草の芽生えがあり、それがここ御幕場大池から4月初旬頃に北上飛去する白鳥たちの採食物となっている。このように採食物があり後続群が次々と飛来してくるので4月でも白鳥が見られるのです。
 ここでは建物の屋上からも白鳥が観察できるし、降雪時でも池には東屋もあり天候に合わせた観察撮影が可能です。ここはコハクが多いが、オオハクも若干いる。ただオオハクは、秋の飛来が若干遅く、春の飛去は早いようです。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑪ 北上飛去

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑪

北上飛去

 2017年2月19日。現在、御幕場大池は鳥インフルエンザのためにまだ立入禁止になっていると自分で考えていた。そのため白鳥生態観察に1月に続いて木間塚に出向くことにした。ところがもうこの時点で立入禁止が解けていたのを帰宅してから知った。鳥インフルの鳥が発見された場合『75日間はその周辺は立入禁止』という事を鵜呑みにしていたのだ。1月5日に発見されたのだから…・まだだめだと早合点して、インターネットでチェックもしなかったためなのだ。
 2月19日木間塚に向かう途中の国道沿いの水田は土壌が乾いて、これでは白鳥が採食出来ないだろうと思ったほどだ。白鳥の北帰行動が始まったというのも無理がないと思った。木間塚に到着して『白鳥が少なくなった』と言うのが第一印象だった。やはり白鳥の北帰はもうすでに始まっているようだ。日差しの強さも明らかに先月と比較して強くなっている。知人から伊豆沼では2月上旬にもう白鳥が北帰行動を開始したと聞いた。
 木間塚では、日中でも夕方になっても採食に飛び出す白鳥がほとんどいない状況だ。それに夕方になってもねぐらに戻ってくる白鳥がほとんどない。白鳥たちも水田の土が硬くなっているためかほとんど採食に飛び出すこともない。ただ1日ゆっくり翼を休めているような感じだ。翌20日朝、採食に飛び出す前の様子を観察したが、明らかに1月の時よりも白鳥の数が減少しているのが分かった(写真1)。
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 写真 1

木間塚でも白鳥の北帰はもう始まっていたのだ。
 庄内地方北部では、白鳥が北帰の移動期になると、夕方になっても最上川スワンパークのような大きなねぐらにあまり戻らなくなる。その代わりに、採食場所に近い場所にある中小河川をねぐらにするようになる。2月17日早朝に移動期にねぐらとする河川を案の定白鳥たちはねぐらとしていた(写真2)。
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  写真 2
 木間塚での観察を終えて帰宅する途中の庄内平野では、防風雪柵前に残雪がまだあり、その周辺での白鳥の採食行動があちらこちらで見られた(写真3)。
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  写真 3

木間塚に出かける時よりも明らかに白鳥の数が増えていた。北帰移動に伴うこれらの行動が例年よりも2週間以上も早く始まっている。まだ水田に雪が残っている庄内地方でも白鳥の移動が始まっているのは間違いない。

 北帰飛去の観察

 庄内地方からの北帰飛去を観察するために毎年観察する場所で観察することにした。
 観察は2月28日午前6時30分から行なった。本当は20日に北帰行動が始まっていることを感知したのでもっと早く行ないたかったが、悪天候が続いたために好天になる予報があった28日にした。(この間の24~26日までは御幕場大池(村上市)に観察に出向いた。この観察は後日ブログに掲載する予定。)
 観察場所は、鳥海山西側、国道7号線から水田に東側に100mほど入ったGPSデーターでは、東経139度53分30秒,北緯39度8分37秒の地点です(写真4)。
航空写真 観察地点 c480
 写真 4

 この場所は、以前に白鳥の南下飛来を観察した鳥海山5合目の鉾立山荘から見える所でもあります。何度か述べているが、庄内平野への白鳥の南下飛来や北上飛去は、この『7号幹線ルート』しか観察していないので庄内平野からの北上飛去もこのルートを必ず使用することがわかっている。この観察場所は、南側と西側が完全に視界が開け、東側は鳥海山があるので白鳥が北上してくる状況をほぼ完璧に観察できる場所でもあります。北海道稚内市の声問岬も北上飛去の観察地点としてはほぼ完璧に観察できます。白鳥の北上飛去の様子を観察するには、この2ヶ所と猿払の国民宿舎の前の海岸線もおすすめの場所です。渡りを観察する場所としては、ほぼ全天の視野が確認できる場所が最適だと思う。
 観察場所に予定の時間に到着した。観察場所は鳥海山西側にあるため山の陰になりまだ日の出を迎えていない(写真5)。
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 写真 5

 今日は天気予報通り見える範囲には全く雲が無い。この場所は、これまでの北上飛去の観察から、3つの北上ルートがほぼ確認できている。1つは南西方面の『海岸線からの飛来ルート』2つめはほぼ真南に当たる『庄内平野からの飛来ルート』3つめは南東側の『内陸方面からの飛来ルート』です(写真6)。
飛来方向の写真 c480
 写真 6  観察地点の様子

 28日、最初に北上群を確認したのは6時38分の6羽です(写真7)。
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 写真 7   最初の北上群

この群れは、飛翔高度やその飛来方向から庄内平野北部の月光川周辺から飛び立ってきたものと考えられます。と言いますのは、声問大沼からの北帰行動の観察から、ある程度の飛翔高度を確保するには飛び立ってから相当距離が必要だと考えているからです。ここで観察していても飛翔高度がある程度確保されていないものは、近距離の場所から飛び立ってきたものと判断しています。
 これから北上飛去する白鳥の群れの写真を数多く提示しますが、事前の知識として知っていて欲しいことがあります。写真7のように左方向に飛翔していく群れの写真は、観察場所の東側つまり鳥海山側を飛翔通過していく群れです。それに対して右方向に飛翔していく群れの写真は、観察場所の西側つまり海側を飛翔北上していく群れを撮影したものです。また写真で上方向に飛翔する群れは、観察地点の真上を北上しているものか、観察地点に向かって飛来してくる群れの写真です。
 28日は、午前中は6時30分から10時30分迄の4時間、午後は3時30分から日没直後の5時30分迄の2時間の計6時間観察しました。
 この日の観察で観察地点の東側を北上して行った群れは写真7と8の2群だけでした。
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 写真 8

 28日の観察で特徴的だったのは、北上群で写真の2群以外は全て海岸線側から北上してきていました。北上飛来してくる群れの観察は12倍の双眼鏡を使って確認しています。写真6の範囲を左右に双眼鏡を動かしながら観察するわけですが、最初、群れらしいものは、空中に1本の横線らしきものが出現します。ちょうど途切れた短い電線が現れたように見えるのです。その直線を追尾観察しているとやがて少し波を打っているように変化してきます(写真9)。
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 写真 9

 この段階で何かの群れが飛翔してきていると言うことは分かるのです。この段階ではまだガンの群れか白鳥の群れかはわかりません。その波線を確認したらこの群れを見失わないように追跡しながら、別の方向から別の群れが現れないかも確認しなければなりません。群れが次々と現れた時には下の風景のアンテナや建物の位置と合わせて記憶しておきます(写真10)。
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 写真 10

 ここの観察場所の良いところは、写真6で分かるように飛来する方向に都合良くそれぞれアンテナがあり、東側には丘陵が続いていることです。撮影した写真もどの方向から飛来しているのかを後日でも確認できるのです。
 この日の北上飛去の群れは、ほとんど全てが海岸側からの飛来で飛翔高度も相当高かった。そのことから、山形県内から飛び立った群れではなく新潟県など庄内地方よりさらに南方からの飛来ではなかったかと考えています。
 この日の観察で庄内地方北部からの北上飛去は、早朝と日没直前の2群だけであったことと北上飛去群のほとんどが山形県以南からのものであることが海岸線側の北上飛去になっているのではないかと推測できた(写真11)。
北上ルート図 c480
 写真 11 北上ルート図

庄内地方北部からの北上飛去はもうほとんど終わったことが推測される状況だった。


3月1日の観察      

 天気予報では今日も晴れだったが、朝起きてみると鳥海山は雲に隠れて見えない。今日も北上飛去の観察に行くつもりであったが、急遽予定を変えて渡りの時のねぐらとなる採食場所近くの河川の様子を確かめた。渡りの時のねぐらの場所にはもう白鳥の姿は見られなかった。予測通り庄内地方からの北上飛去はもう終了に近いようだ。それを確かめるため最上川スワンパークに向かった。着いてみるといつもの様子とは違って早朝に白鳥がねぐらから採食に飛び出す時の様子は全く見られなかった。その代わり白鳥がほぼ1ヶ所に固まって北上飛去する時の様子があった。スワンパーク上流に近年できたねぐらでも白鳥の様子が越冬時の様子とは違っている。直感的に『うん?これは今日渡るのではないだろうか。声問大沼での白鳥が群れとなって動く様子に似ている気がする』と思って、昨日渡りを観察した場所に行こうと即断即決。すぐさま現地に向かった。
 到着して観察が開始できたのは午前7時を少し過ぎていた。7時14分、昨日と同じように直ぐ近くから飛び立ったと思われる7羽の白鳥が観察場所の西側を北上飛去して行った。ここに到着する前に幾つかの群れが北上していったことは推測できるが仕方がない。
 今日は次々と北上群が海岸線側と庄内平野方向から湧き上がってくるのが双眼鏡で確認できる。しかもその群れも大きいものが多い(写真12)。
DSC_5682 cc480
 写真 12

そして今日は昨日多く見られた海岸線沿いではなく頭上から東側周辺を通過していく(写真13)。
DSC_2704 cc480 116mm
 写真 13

どうやら昨日よりも少し東側を北上して来て観察地点より東側の鳥海山上空周辺を飛去している感じだ(写真14)。
DSC_1783 c480 290mm
 写真 14

 今日は多くの白鳥が渡りそうだと予感した。と同時に、昨日今日の白鳥の飛去数を算出してみようと思った。昨日の分も写真を元に飛去数を算出できるはずだ。今日は飛去数を意識して写真を撮ることにした。
 集約してから分かったが、今日最大の群れは、165羽で100羽越えの群れが3群午前7時19分から40分までの間にあった。ちなみに前日の28日は午前9時24分の56羽が最大の群れであった。翌3月2日も同じ調査をしたが、この日は、午前7時46分に130羽の最大の群れを観察した。
 この日(1日)は40分程遅れて調査を開始したが、午前10時30分の観察終了時までの間に群れとして北上飛去したのが76群で午前中の北上飛去総羽数は、2,944羽、午後には5群の88羽で3月1日の総飛去羽数は、3,030羽になった。前日の飛去総羽数は、1,128羽であった。昨日の約3倍の白鳥の北上飛去を確認した。



 3月2日の観察  

 天気予報では天気が崩れることになっていたが今日も快晴。予定通り同じ場所で北上飛去を観察。
 午前6時37分62羽の第1群を確認。この群れは観察地点西側の海上を北上して行った。その後の群れは最初に飛来確認できる場所が、庄内平野からの北上飛来方向よりも次第に東側の内陸方面からの飛来方向で確認できるようになった(写真6参照)。そして観察地点よりも東側の鳥海山をバックにして北上飛去する群れが多くなった。3日間観察したが、28日は最初の飛来確認場所が海岸線沿いで、北上飛去の方向も八郎潟方面だと分かる状況だった。翌1日は、最初の飛来確認の場所が庄内平野からの北上飛来方向からだんだん東側になっていった。北上飛去は、観察地点上空から少し東側の上空を通過してこれも八郎潟方面へと飛去する感じがした。そして今日2日は、昨1日よりもさらに東側の内陸方面からの北上飛来に近いルートで確認することが多くなった。そして北上飛去する方向も鳥海山の山麓西側や山頂近くの上空を秋田県内陸方面に向かうようになったことがよく分かった(写真15)。
DSC_2571 cc480 340mm 3月2日
 写真 15 340mmで撮影 ノートリミング

DSC_6572 c480
 写真 16 600mmで撮影 ノートリミング

白鳥も下界の様子を感じながら飛去方向を決めているのかも知れない。
 観察に基づく持論であるが、白鳥は雪解け前線を追いかけながら北上を続けていると思っている。これまでも何度か機会ある度に述べてきているが、北上していく白鳥は、採食可能な積雪10cm以下の地点周辺まで北上しては採食して留まり、さらに北の地点の雪解けが進むに従って次第に北上している。3月に入ったばかりの北東北の積雪状況を気象庁のデーターと国土交通省の道情報ライブカメラ等を元に推測すると日本海側では雪解け前線がまだ八郎潟や能代周辺にあるようだ。さらに北の青森県津軽平野の水田地帯はまだすっぽりと雪に覆われている。一昨日昨日の白鳥の北上飛去の目的地は、八郎潟辺りのようだ。
 今日の北上飛去の方向は、昨日までの八郎潟方面よりもより秋田県内陸方面に向いているようだが、内陸方面はまだ雪が深い。案外近くを今日の目的地にしているのかも知れない。あるいはあの飛翔高度からすると岩手県の盛岡以北の地域を目指しているのかも知れない。上空を飛翔する彼らには雪解け前線が今どの辺まで北上してるのか一目瞭然のはずだ。

飛翔高度は?     

 海外では8,000m上空を飛翔している群れも目撃されているが、日本での日常的な移動ではなく、北上飛去や南下飛翔ではどの位の高度で移動しているのだろうか。現在、自分の経験として渡りの時の飛翔高度を明確に言えるのは、男鹿半島の寒風山の時のことだけです。白鳥の南下飛来の観察時に日本海上を南下してきた群れが八郎潟に降下しないで更に南下を続けた。この時山頂で観察していた場所とほぼ水平な高度で南下して行った。寒風山は標高335mだからこの時の飛翔高度はほぼ300m程度だろう。でも写真15や16の場合の飛翔高度は、そんなものではないだろう。
 写真撮影しながら飛去する白鳥の飛翔高度はどの位のものだろうかと考えた。鳥海山を背景にして白鳥が飛翔している写真は、少なくとも観察場所から見て鳥海山の標高2,236mよりも高い場所は飛んでいないと考えられる(写真17)。
DSC_5722 cc480
 写真 17

鳥海山が背景ではなく空を背景にしている写真でも鳥海山よりも高い高度で飛んでいないことも考えられる(写真18)。
DSC_6010 cc480
 写真 18

飛翔高度を考える上で図1のような模式図を考えてみた。
鳥海山 飛翔高度推測図 ccc480
 図 1 飛翔高度推測想定図

 観察者から見てピンク色の部分を飛翔する白鳥は、飛翔体までの距離は関係なく鳥海山上空を飛翔しているように写るはずだ。そうなると写真に写っている大きさが問題となる。でも写真に写っている白鳥の大きさでも望遠レンズの使用で大小が生じるので大きさだけの比較はできない。ただズームレンズではなく単焦点のレンズでトリミングなしのものであればある程度の比較はできそうだ。頭上を通過する群れの場合も同じ事が言えそうだ。
 写真15・16でも言えるがズームレンズを含めて超望遠と言われるレンズで撮影して豆粒状に写っている白鳥の群れはそれなりの高度で飛翔しているのではないかと考えている。標高2,236mの鳥海山上空を飛翔して、点状に写っている白鳥は2,000m近くを飛翔しているのではないかと考えているが甘いだろうか。
  前述したが、稚内市声問岬での北上飛去の観察時でも直ぐ近くの声問大沼から飛び上がってきた群れはせいぜい100m程度の高度で飛去して行く。しかし沼よりもさらに南の方から上空を飛去していく群れは此処と同じようにほぼ点状になって上空を通過していく。どうやら長距離の移動・渡りの時には更に高い高度を保って移動していることが推測できる。
 今日2日に北上飛去して行った群れの多くは、山形県以南から飛来して秋田県以外の場所を目的地にしていたようだ。


3日間の北上飛去を観察して 

 瓢 箪から駒ではないが、色々な状況から3日連続で白鳥の北上飛去の様子を観察することになった。
 下は、この3日間の白鳥の北上飛去の様子を表にしたものです。
総羽数の表 480

 見て分かるようにこの3日間で北上飛去した白鳥の総羽数は、5,709羽です。日別の状況は以前に若干触れましたが、28日は1,128羽で翌2日にはその約3倍の3,030羽が、そして2日には1,551羽とその総数は日にちによって大きく変わるということが分かった。3日間共に天気は、ほぼ穏やかな状況で、違っていたと言えるのは3月1日だけが北上飛去には追い風となる南風が吹いていたということだけだと考えられます。時間的に見ても北上飛去はその殆どが午前中しかも日の出直後から午前9時30分までに行われていることが分かります。飛去の時間帯に3時間という大きな幅があるのは、観察地点と白鳥が飛び発ってくるねぐらとの距離的なものがあるためと考えています。最上川スワンパークや声問大沼、ポロ沼の場合を見ても北上飛去の飛び出しは日の出直後に行われることが多いのです。最上川から観察地点までは少なくても30~40分は必要です。3月1日の酒田の日の出は午前6時20分頃です。そうすると観察地点を通過するのは午前7時頃になります。また更に南の地点から白鳥が日の出と同時に飛び発っても観察地点までは相当な時間が必要になります。そのため観察地点上空を通過する時間帯に幅が出ることになると考えています。午前中に飛去北上する白鳥が多いというのは日常的な観察状況からも妥当であると思います。
 この北上飛去の観察から白鳥が7号幹線ルートを利用して例年通り飛去していることも裏付けられました。ただ、それぞれの地域での北上飛去の状況を知るには、やはりその地域の地理的気象的な状況等を勘案して実際に観察することが必要だと考えられます。その際には此処での状況を考慮して適切な方法で観察することを望みます。

飛翔隊形の変化   

  文部省唱歌に「雁が渡る鳴いて渡る…棹になりカギになり…」というのがあります。白鳥もこの歌のように飛翔する時に棹の隊形(写真19) にもかぎの隊形(写真20)にもなりながら渡って行きます。
DSC_2849 cc480 240mm
 写真 19 サオ状隊形

DSC_2885 cc480 116mm
 写真 20 カギ状隊形の大きな群れ 

 白鳥が故郷極東ロシアに帰る時に先頭の白鳥がリーダーとなって引率していくと思っている人もいますが、実は白鳥たちはその飛翔隊形を刻々と変えながら飛翔しているのです。その理由は分かりませんが、風の向きや強さが関係しているとも思われます。今回の観察中にも何度か飛翔隊形が変化する様子を見ることがありました。その1つが写真21です。
DSC_2463-2473 c480
 写真 21 隊形の変化

右上の①の写真では飛翔隊形がほぼ一直線になっています。直ぐその後の②~④では、編隊飛行の右下周辺の個体が突然霧もみ飛行を始めて編隊が壊れています。観察地点に向かって飛翔してきた群れですが地上では特に風が強く吹いたわけでもないのにこんな動きが見られたのです。
 飛行隊形の変化とは若干意味合いが違いますがこんなことも見られました。それは写真22です。
DSC_2697 -2702 cc480 50mm 2
 写真 22 飛翔の高度差    ※明暗調整

この写真には、左上のV字(かぎ)編隊の群れと右下に交差している2つの群れの計3群がいます。ここで取り上げたいのは左上の群れではなく右側の2群です。この2群は①の写真では交差していますが、②③と見ていくと大きな群れから離れていく1群があるのが分かるでしょう。①の写真でこの2つの群れを拡大してみると交差しているところの白鳥の大きさが違っているのです。次第に左側に離れていくように見える直線群の白鳥の大きさが小さいのです。そうです。左に離れていく直線の群れは、交差している群れと同じ高さで飛翔しているのではなく、一段と上を飛翔しているのです。同じ群れのように見えたのですが、実はこの2つの群れには高度差があったのです。北上飛去していく群れでほとんど同じに見える群れでも飛翔している高度には違いもあるのです。単純に考えると一段と上を飛翔している群れは、遠くから飛来して来て、下を飛翔している群れよりも更に遠くへ向かって飛翔していることも考えられます。
 北上飛去群がどの程度の高度で飛翔しているのかという疑問もまだ解決できていませんが、同時にこのように違う高度を飛翔している群れがいることも頭に入れておく必要があるようです。そうですよね。鳥海山の斜面を横切るように飛翔する群れと頂上の上を通過するように飛翔する群れもあるのですからね。

 ガン類の行動 

 白鳥のことだけを述べてきましたが、今年庄内地方の北部ではこれまでになかったほど非常に多くのガン類が飛来しました。雪が少なかったこともあるのだろうが我が家の直ぐ近くの水田でも数百羽の白鳥が採食していました。そのためでしょうが、この3日間でガン類の渡りも多く観察しました(写真23)。
DSC_2832 c480
 写真 23  北上飛翔するガンの群れ

た だ単にガン類が北上飛去したというのではなく、白鳥はその殆どが北上していくのにガン類はそれに逆らうように庄内平野を目指して南下していくのが多く見られたのです(写真24)。
DSC_1854 cc480 50mm
 写真 24 上の群は北上する白鳥  右下の群れは南下するガンの群れ 

 白鳥よりも体が小さいためだろうかガン類は飛翔のフットワークが軽いようだ。今頃は八郎潟周辺で採食しているのがほとんどだと思われるのに、採食のために200km 以上も再度南下して来ているのです。しかも1群だけではなく何群も南下していくのが見られました。このガン類の再度南に向かう行動は何を示しているのだろうか。
 その他にも白鳥の群れの中にガン類が一緒になって編隊飛行をしているものやガンの編隊の中に白鳥が入っているものも何群か見られた(写真25・26)。
DSC_1500 cc480 140mm
 写真 25  白鳥にガン

DSC_5509 c480
 写真 26 ガンと白鳥


 白鳥とガン類が同じ群れの中に入っているのは声問大沼でも何度も見ている。ただ、カモ類が白鳥と一緒の群れになって飛翔していくのは、今回もこれまでも僕は観察していない。飛翔に関わる何かが違っているのだろうか。
 ガン類はこれまで庄内地方では鶴岡市の上池下池周辺には多く見られていた。それが今年は1月中旬頃から庄内平野北部でもごく普通に見られるようになった。飛来は、少雪の影響なのだろうか来年の飛来がどうなるのかが楽しみです。

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