角田分 オフィシャルブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑩ 白鳥顔面のあれこれ

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑩

白鳥顔面のあれこれ

ビルパターンも変化? 

 ビルパターンというのはオオハクやコハクという種別の分類だけでなく、それぞれの種を更に詳しく種内で分類していく1つの方法です。もう既にご存知だとは思いますが、ビルパターンによる識別は、これまではオオハクコハク共にそのクチバシの黒色と黄色の形状からダーキータイプとペニーフェイスタイプそれにイエローネブタイプと分類されていました。でも最近ではダーキーをイエローネブという色の状況を直接表現するような呼び方に合わせてブラックネブと呼ぶようになってきているようです(写真1)。
1DSC7714 c480
 写真 1

 くちばしの黒色部が額の羽毛生え際からくちばし先端部まで途切れないでほぼ同じ幅で続いているのがブラックネブというように識別していました。ところが最近では白鳥のハイブリッド(交雑)化が進み、その黒色部が極端に細くなっているものも見られるようになってきています(写真2)。
2DSC_7804 c480
 写真 2

 ペニーフェイスというのは、ブラックネブと同じようですが黒色部の嘴峰中心部上方に黄色が見られるものを言います(写真3)。
3DSC4873 c480
 写真 3

 特に日本で以前には、その黒色部が途切れていないものだけをペニーフェイスと呼んでいたこともあるようです。このペニーフェイスも詳細に見ていくとなかなか一筋縄ではいかなくなってきているようです。それは黒色部に入り込んだ黄色とそれを取りまいているはずの黒色がどの程度繋がっているのかという問題等です。黒色があまりにも繋がっていないとイエローネブタイプということにもなるわけです(写真4)。
4DSC_1823 c480
 写真 4

 ブラックネブとイエローネブはくちばしの嘴峰が黒色と黄色と言うことでその名前から想像できますが、ペニーフェイスという名前の由来は不明です。ところがそのことについて直接問い合わせをしてくれた方がいて由来が判明しました。命名者のピータースコット卿の子ダフィーラスコット氏が「父が黒色のくちばしの上にペニー硬貨があるように見えると話していた」ということです。イギリスに黄色っぽいペニー硬貨がありますがそれがくちばしの上に載っているように見えたからということでした。分かってしまうと「なあ~んだ」ということかな。
 イエローネブは、嘴峰中心部から下がくちばし先端部まで黒です(写真5)。
5DSC_0911 c480
 写真 5

このイエローネブタイプのものでも額の羽毛生え際に少しだけ黒色が見られるようなものもあります。イエローネブで額の羽毛生え際に黒色部が見られるものについてはオオハクでは更に詳しくブラックベース・イエローネブ(B・イエローネブ)と識別しているようです。コハクもそのようにもう一つ分類項目を増やすと正確に識別できると思われる個体も見られます(写真6)。
6DSC_1796 c480
 写真6 
写真6は、現在の分類方法ではコハクのイエローネブトいうことでしょうが、オオハクの分類方法を採用するとこの場合もブラックベース・イエローネブ(B・イエローネブ)ということになるのでしょう。こう分類するとよりその特徴を言い当てていることになるとおもいます。
 オオハクについても同じ3種のビルパターンによる分類があります。でも以前に皆様にお尋ねしましたが、日本ではまだオオハクのブラックネブの個体が観察されていませんし、僕の所蔵写真にもありませんでした(写真7)。
7オオハク 3種 c480
 写真 7
(次項でオオハクのブラックネブが日本で始めて観察され写真に収められたことを紹介します)。
 オオハクの個体識別がそれほど詳しく取り上げられないのは、イギリスのスリムブリッジのような研究機関がないからなのでしょうか(僕が知らないだけ?)。それともオオハクのビルパターンにコハクほど大きな特徴的なポイントが少ないからなのでしょうか。確かにオオハクのビルパターンを調べても個体によって大きな違いがないように思われます。でも写真撮影したオオハクのくちばしも詳細に見て見るとそれなりに違いがあることも分かります。写真8は、オオハクのイエローネブタイプを集めたものですが、黒色帯の形状が少しずつ違うことが分かるでしょう。
8オオハク イエローネブ c480
 写真 8

 今まで私が知らなかっただけかもしれないが、白鳥のビルパターンによる個体識別についてイギリスでは、コハクについてさらに詳細な文献が出ていました。今ではその文献はインターネットでも入手できます。でも昔の日本白鳥の会の先輩達がその事を紹介した文献が見当たりません。どうしたのでしょうかね。そのより詳しい個体識別についてはこのシリーズ①『個体識別をしよう』で詳細に述べていますのでここでは省略します。オオハクについての文献はまだないようです。
 ひと昔と比較すると光学機器の進歩で白鳥の頭部もより詳細に観察や写真に収めることができるようになりました。でも日本では白鳥学の進歩がそれに追いついていない面が多く見られるというのが実感です。まだまだ日本では白鳥を美しく写真に収めるという被写体とするのが主流で、白鳥の生態を詳細に追究している学者が少ないのではないかと思っています。確かに白鳥の生態だけを追いかけても飯を食っていけないですからね。でもより系統的に白鳥のことをもっと知りたいと思うのは自分だけかな。

日本で初確認! オオハクのブラックネブ

 数年前に読んだマーク・ブラジル著の『Whooper Swan』(オオハクチョウ)で、日本ではオオハクチョウのブラックネブ(その当時はダーキーと呼んでいました。)タイプが全くいないと書かれていました。そこで、私がほぼ50年撮影し所蔵しているオオハクの写真を捜してみましたが、確かにオオハクのブラックネブ(ダーキー)はありませんでした。そのことを私のブログで、日本ではまだ確認されていないことを述べ、どなたか記録している人はいませんかと尋ねました。しかし2~3件程の『これは?』という問い合わせはありましたがブラックネブと識別できるものはありませんでした。ところがオオハクのブラックネブと識別できる写真を撮影した人が現れました。それが写真9です。
9オオハク Black neb 正面 c480
 写真 9

このオオハクのブラックネブが確認・撮影された場所は岩手県の赤石堤で2017年2月18日(土)12時30分頃だそうです。確認撮影したのは、昨年からスワンウォッチャーになった栗原市在住の木村江里氏です。完全に白鳥の虜になって週末など休みがあれば地元の伊豆沼だけでなく近県にまで脚を延ばしてオオハクチョウを中心に観察に飛び回っていての発見です。
 写真のオオハク・ブラックネブの嘴峰部分の黒色帯が少し細くなっているのが気になりますが、間違いなくブラックネブタイプだと思われます。私の知っている範囲で、日本での初確認だと思います。
 オオハクのブラックネブが今まで日本で発見されていなかったが、ブラジル氏は、日本に飛来する白鳥群とヨーロッパに飛来する白鳥群の繁殖域が全く離れて違っているためだと述べています。アメコ(アメリカコハクチョウ)の場合も本来は北アメリカが繁殖域で極東ロシアは繁殖しない地域だと言われてきていましたが、繁殖域がより近接しているためにコハクと交雑して日本にもアメコやそのハイブリッドと思われるアメコ擬きのような個体が近年増加しているようです。コハクとアメコのハイブリット化の影響と同じようにオオハクのブラックネブの繁殖域も接近して来たのでしょうか日本にも来ていたのです。これからどのようにどんなブラックネブタイプが増加していくのか注意して観察していく必要がありそうですね。どんなブラックネブタイプという意味は、元々ブラックネブタイプは、額の羽毛生え際からくちばしの先端部までの黒色帯がほぼ同じ幅で続いているものだと思っています(私の先入観かな?)。ところが今回木村氏から送られてきた写真では、黒色体がその中間でその幅が少し細くなっています。だからこれも私の予想ですが、この写真のブラックネブは、ひょっとするとオオハクのペニーフェイスとブラックネブの子どもではないかと考えているのです。両親ともにブラックネブの白鳥だったら写真のように黒色帯の中間部が細くならないのではないかと考えています。それで今後どんなタイプのブラックネブが増えて行くのか観察していく必要があるだろうと述べたのです。
 木村氏からは識別同定しやすいように正面・左右の横顔の3枚の写真が送られてきました(写真10)。
10オオハク Black neb c480
 写真 10

個体識別の時もそうですが、できればこのように正面・左右の横顔3枚の写真を撮影しておくと後々識別や同定が完璧なものになります。
 たとえば、写真11のオオハクも瞬間的に見た場合ブラックネブタイプにも見えます。
11DSC_7928 c480
 写真 11

ただこの個体は、オオハクのペニーフェイスタイプで、黒色帯の額の羽毛生え際に黄色部分が見られます。それにこの個体は、くちばしの黄色帯に細菌によるものかと思われる黒色が広がっています。もしこのペニーの部分が汚れで黒くなっていると見間違う場合もあり得ます。白鳥のくちばしの黄色と黒色形状で識別しようとする時には、十分に注意が必要です。
 くちばしの黄色と黒色形状で個体識別をしようとする時に気をつけなければならないのが、くちばしの汚れや病気によると思われる黒色です。写真11の個体を正面と左右の3枚の写真で見てみるとその様子がさらによくわかります(写真12)。
12オオハク Black neb 擬き 2 c480
 写真 12

 特に、白鳥の採食環境によってくちばしの黄色帯が黒く汚れている場合もあります。細菌によると思われる黒色の場合は、前述のようにカビが菌糸を出して拡大する場合と似ている特定な形状になって黒色帯が広がっていきますので注意してみると見分けることは案外簡単だと思われます。この細菌によって菌糸を延ばしていると思われる黄色部の汚れはオオハクでもコハクでも見られます(写真13)。
13病気 細菌?c480
 写真 13


額の羽毛形状で年齢判別が出来るかも?

 木村氏からは、前項のオオハクブラックネブの写真の以前にも写真を届けていただいていました。その写真は、オオハク幼鳥で「これはブラックネブではないですか」という問い合わせもいただいていた。写真14がそれです。
14オオハク 幼鳥 c480
 写真 14

この写真を見ると右側の幼鳥が確かにブラックネブとも思えるところもあります。でも写真後方の成鳥(親)は、どちらかと言えばペニーフェイスタイプです。
 僕の住む庄内地方では人間で親によく似た子どもがいるとその子どもを見て「これは角田家のハンコだ」と言って顔にその家の特徴が遺伝していることを言うことがあります。白鳥の世界でも同じようで白鳥のビルパターンは、ある程度その形状に遺伝的なものが見られます。でも幼鳥時の嘴峰上の黒色形状は、今後成鳥になるに従ってどんな形になるのかは明確には判断できないのです。幼鳥の時から成長するに従って黒色形状が変化し成鳥になって始めてその黒色形状と額の形状が明確になるのです。そこで所蔵する写真でその様子を色々調べてみたら興味あることが分かってきました。
 幼鳥の時期から亜成鳥・成鳥と順に調べてみました。
 日本で今年生まれた野性の幼鳥を最初に観察できるのはもちろん初飛来時です。2010年10月6日最上川に初飛来が確認されたその日に直ぐ近くの水田でそのコハク幼鳥を写真におさめたものがありました(最上川河口への初飛来はほぼ毎年コハクです)。越冬期に入った幼鳥のくちばしには少し生活汚れが見られ、その明確な額羽毛の生え際形状は読み取れません。ところが幸いなことにこの写真にはその汚れはなく額の羽毛が生えている形状がはっきりと読み取れます(写真15)。
15 4385 4451 c480
 写真 15

この時には亜成鳥と思われる個体も写真に収めていました(写真16)。
16DSC_4465 20101006 亜成鳥 c480 2
 写真16

写真16の左右の個体は見て分かるように別個体です。幼鳥期と亜成鳥期の2枚の写真を比較してみると幼鳥期から亜成鳥期にかけての額羽毛生え際の変化の様子が少し分かるようです。
 同一個体で、幼鳥期と亜成鳥期の額羽毛の生え際形状を比較できる写真もありました。この写真は、121Yコハクチョウの標識個体で同一個体だと確定できます。この写真でもその形状の変化を伺い知ることが出来ます(写真17)。
17標識個体 121Y  c480
 写真 17

 ここで何を述べようとしているのかというと成鳥時にはほぼきれいな曲線状になっている額羽毛の生え際形状が成長段階に合わせてその形状を変えているらしいということなのです。
今まで提示した写真からコハク幼鳥の額羽毛は、嘴峰中心部までスプーン状に伸びていることがわかります。それに対して亜成鳥の形状はそのスプーン状の形が少しずつ消滅してだんだんと成鳥本来の曲線の形状へと移行しています。コハク成鳥の額の線は、少し緩いカーブの曲線か直線状になっていることを考えると幼鳥期から成長するに従って額の羽毛の生え方が変化してきていることが良く分かるのです。だからビルパターンによる識別は幼鳥期や亜成鳥期に行なっても形状が変化するのであまり意味がないということになるわけです。
 オオハクの場合もこの額羽毛の形状変化は同じようなことが言えそうです。木村氏から届けられたオオハク幼鳥のブラックネブタイプでは?という写真もこのような理由から幼鳥段階では判断できないということになります。
 オオハクの場合の変化はどうでしょうか。オオハク幼鳥の初飛来に一番近い状況は、2010年10月20日日本海を南下飛来して来た群れが八郎潟の水田に降下した時のものです(写真18)。
18DSC_3316_2906 c480
 写真 18

 残念ながら北海道でのものはありませんでした。この写真を見てもオオハク幼鳥でも額羽毛の生え際形状は、コハクと同様に嘴峰中央部近くまで伸びていることが分かります。
 別個体の幼鳥ですが、11月下旬の写真でも嘴峰上にスプーン状に羽毛が生えているのも分かります(写真19)。
19オオハク 幼鳥 c480
 写真19

 更に幼鳥期の1月頃になると個体差かも知れませんが、スプーン形状の少し先端が細くなり始めてきているのも分かります(写真20)。
20DSC7039 7043 c480
 写真 20

オオハクでは亜成鳥初期の3月頃には、くちばしが少し黄色味を帯びてきてもまだ羽毛のスプーン形状が認められるものもあります。個体差なのかも知れないがその後、額の羽毛形状の先端が鋭角状になってきているものもあります(写真21)。
21オオハク 亜成鳥前期 c480
 写真 21

その後成鳥になるに従って鋭角状の部分の羽毛が消滅して曲線状になるという過程を経ているようです。もう少し詳細に調べないと明確には分かりませんが、この額羽毛の生え際形状を見ることによって幼鳥を連れた成鳥でも若い成鳥なのかそれなりに年齢を重ねてきている成鳥なのかもある程度判断できそうな気がしています。

 この額羽毛の生え際形状変化の状況を少しまとめてみるとオオハクの場合ももちろん個体差があることは間違いないことを前提に述べさせていただきたい。
 幼鳥期にはその形状がスプーン状になっているが、次のシーズンには羽毛も次第に白色化して亜成鳥前期の段階に入る。そしてスプーン形状の先端は少しずつ三角形状になることは前述しました。
 その後の亜成鳥後期には三角形状も次第に小さくなって成鳥前期には、ほぼその形跡が僅かに見られるほどの曲線状になる。この成鳥前期のまだ三角形状先端部の痕跡が見られる段階でも幼鳥を連れたつがいも見られるのです。更に詳細に見るとその先端部に羽毛痕と思われる白色が点状に確認できる個体もいるのです。この成鳥前期のまだ三角形状先端部の痕跡が見られる段階でも幼鳥を連れたつがいも見られる(写真22)。
22DSCF1755 c480 20040102
 写真 22

更に他の個体でも詳細に見るとその先端部に羽毛痕と思われる白色が点状に確認できる個体もいる(写真23)。
23DSC_4315 4828 c480
 写真 23

大まかにこのような段階を経ていわゆるその白鳥種の成鳥と言われる額羽毛の生え際の曲線が完成するものと思われます。
 観察例が少ないのでまだはっきりしたことは言えないが、幼鳥を多く連れているつがいのこの額羽毛の生え際形状を詳しく見てみるときちんとした曲線になっているものが多いようだ。5~6羽と多くの幼鳥を連れている家族群の場合、連れ子といってはぐれた幼鳥も紛れ込んでいる場合もある。それでさらに精査する必要があるが、多くの子どもを育てるにはそれなりの生活経験も要すると考えられる。そんなことと幼鳥数の多さを勘案すると額曲線が完全に完成したつがいは熟年期のオオハクではないかとも考えたりしている(写真24)。
24DSC5691 c480
 写真24

 これらのことから逆説的に考えると額羽毛の生え際がまだきちんとした曲線になっていなく、数本の羽毛先端部が確認できる場合、体色が全く白くてもまだ完全な成鳥になっていない個体だと判断出来るのかなとも考えている。動物園や標識鳥などの個体識別が完全に可能な個体で調べるとはっきりするのかなとも思う。
 現段階でコハク傷病鳥での繁殖つがいと亜成鳥の時から約5年間観察しているオオハクの傷病鳥の額羽毛の生え際形状の写真を検討してみることは出来る。
 コハクの121Yの標識個体での幼鳥期と亜成鳥前期への変化については前述した通りだが、5回ほど産卵したコハク傷病鳥のつがいの額の羽毛形状は、写真25です。
25傷病コハク 額形状変化 c480
 写真 25

御幕場大池のオオハクチョウの額羽毛の生え際形状は、写真26です。
26傷病オオハク 額形状変化 c480
 写真 26

 額羽毛の生え際形状の変化と白鳥の年齢については、あくまでもまだ状況を精査確認の段階ですが、興味ある方がおられましたら追跡調査をしてみて下さい。
 これまで以上に白鳥を詳細に観察していく必要があるようだと考えています。
 人間の場合『富士額』と言って美人の条件とされた額の毛の出っ張りが白鳥の場合には成長段階の判断の目安になるとは、ちょっと驚きです。
 オオハクコハクの額羽毛の生え際形状の変化については、次のブログ(2017年10月1日予定)で、所蔵写真をもう少し詳細に検討し系統的にまとめてみたいと考えています。
スポンサーサイト

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑫ 御幕場大池

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑫  観察写記  御幕場大池

 傷病越夏白鳥の行動   

 ここ御幕場大池ではまず一番最初に傷病のために数年にわたって越夏している白鳥たちのことを述べなければならないだろう。
 自分が白鳥の生態を追いかけ始めたのは白鳥のある行動を見てからだということは機会ある毎に述べている。その行動というのはつがいと思われるオオハクチョウ2羽が近寄りながらも一方の白鳥の頭を軽く噛んでいるのです。でも頭を噛まれている方の白鳥は厭がっている素振りも見えないのです。そのことから『白鳥にも感情があるのだろうか』ということで生態を追い始めたのです。
 何で今さらこんなことを冒頭に書いたのかというとその白鳥たちの『感情』に関わると思われる怪我をしたために故郷の極東ロシアに帰れない白鳥たちの想いを伺い知れる行動を観察したからです。
 
 この池で彼ら傷病白鳥との出会いは、それぞれ違っているが、ここで取り上げようと思っている3羽については特に知っておいていただきたい。傷病鳥として発見した順にまず紹介しておく。
・コハクチョウA個体…この個体は2012年12月17日左翼の初列風切の外側数枚欠損の成鳥として発見(写真1)。以後はコA個体と表記。
DSC_3602 c8480
 写真 1 コAの個体

・オオハクチョウA個体…この個体は、2013年1月13日左翼切断の幼鳥として発見(写真2)。以後はオA個体と表記します。
DSC_6777 c480
 写真 2 オAの個体

・コハクチョウB個体…この個体は2015年3月6日に右翼欠損の亜成鳥として発見(写真3)。以後はコB個体と表記。
DSC_2507 c480
 写真 3 コBの個体
 
 この他にもこの池にはオオハク1羽とコハク数羽の傷病鳥がいるようだが、傷病の程度は明らかではない。ただ、この池で翼を傷めた白鳥が多いのは、池の立地条件だろう。風向きによって白鳥が飛び上がっていく南東側に国道345号線があり、その道路脇に電線が数本張られていて、飛翔の際にその電線に気がつかないで翼や脚を痛めている白鳥が多数出現する要因になったようだ。数年間に電力会社によって電線に目立つ色のカバーが付けられたので今後は減少する可能性はある。
 ここに取り上げた3羽の白鳥について観察したことを記したい。

  行動その1  何としても飛び上がりたい
 
 コAの個体は、この池で4シーズンを過ごしたことになる。発見した時は、写真1のように飛び上がろうと水面を必死に走っていたので気がついたのです。飛び上がるものだとばかり思っていましたが池の中央まで来て飛び上がるのを止めてしまいました。この池を訪れるたびにその行動を目にしていた。どうして飛び上がれないのだろうかと思って撮影した写真を詳細に見てみたら左翼初列風切の外側が数本欠損している。そのためだろうか水面を走り出しても体全体が少し右側に傾いて走っているように見える。初列風切が数本無いだけで飛び上がることもできないのだ。
 池をねぐらにする白鳥たちが採食に飛び上がっていく時には、必ずと言っても良いほどこの行動を目にしていた。何としても仲間と一緒に飛び上がって採食し故郷へ帰りたいというこの白鳥の想いを見る度に毎回痛いほど感じていました。でも何ともできません。
それなのにこの度、敢えて取り上げたのは、更なるこのコAの個体の想いを感じたためです。
 白鳥の北帰行動が盛んになってきて、ここ御幕場大池でも白鳥の数が目に見えて減ってきています。 2017年3月4日朝、仲間のコハクチョウのほとんどが採食に池を飛び上がって行きました。案の定、コAの個体も水面を走り出しました。鳥インフルのためにしばらくこの池を訪れていなかったので久しぶりにこの白鳥が飛び上がろうとするのを目にしました。怪我をしてこの池で4シーズン目ということもあり、少しは力が付いたのでしょうか、今までよりは力強く少しは高く舞い上がれるようにはなったようですがやはりダメでした(写真4)。
DSC_9807 _9816 c480
写真4 

 ここまでは同じなのですが、その後の行動です。これまではそんな行動は目にしたことはありませんでした。飛び上がるのを止めた白鳥が、水面に首を深く差し入れて水の中で強く空気を吐き出す行動をしたのです(写真5)。
DSC_9872 c480
 写真 5 

しかも一度だけではありません数回その行動をしたのです(写真6)。
DSC_9864 c480
 写真 6

 この行動は喧嘩をした時など怒りがある時に行う行動です。この行動を観察して、感情移入ではないのですが、このコAの白鳥の悔しさとか自分のふがいなさなどがあるのではないかと思ったのです。「こんなに頑張ってもどうして飛び上がれないのだ…」そんな心の声が聞こえたような気がしました。何とも言いようのない思いです。



 行動その2 傷病鳥との戻りラブリング

 ラブリングという行動はもうおわかりだとは思いますが、白鳥2羽が寄り添ってハート型を造り出す絆の確認行動です。戻りラブリングというのは、飛び出して行ったつがい等の1羽がまだ水面に残っているもう1羽の所に戻って来てラブリング行動をすることです。その行動を飛べない傷病鳥の所へ戻って来て行なったということです。
 コB(コハクチョウのB)の個体との間とでその行動を観察したのです。(個体識別はビルパターンで可能です。)
 何故ここに書き出すほどのことなのかというとこのコBの個体は前述したように亜成鳥の段階の2015年3月にこの池で見つけたものです。それで、この戻りラブリングが観察されたのは、次の年の2016年2月17日に観察し写真に収めたものなのです。このコBの個体は右翼を欠損していますから飛翔できません。ですから2015年春の北帰行はできなかったのです。それに対してラブリングに戻って来た相手は繁殖地に戻ることができました。この相手のコハクチョウは、繁殖地に一度戻ってから次のシーズンになってここ御幕場大池に戻ってきたのです。つがいの相手であろうコBの個体の所に・・・・。もちろんこの日にこの池に戻って来たのではないと思いますが…。でも、コBの個体は、亜成鳥の時に翼を無くしてこの池に残っていたわけです。ということは、その以前にカップルとなる契りを結んだということになると考えられます。日本に渡ってくる2度目の渡りの間のことでしょうか…。それは分かりませんが、飛べない相手の所に戻って来たのです。そのことは事実です。私が写真に撮る以前からその戻りラブリングは続けられていたのだと考えられます。
 この日、この2羽の戻りラブリングに気がついたのは、採食に飛び出す多くのコハクの中に、このコBの個体が飛び出そうとする姿が写真に収められていました(写真7上)。
DSC_4501 c_4534 c480
 写真 7

そして、その直後に戻って来た白鳥(写真7下)と『戻りラブリング』をしているのも収めたのです(写真8・9)。
DSC_4569 c480
 写真 8
DSC_4571 _4581 c480
 写真 9

 本当にこんなことってあるのだろうかと何度も写真を見直しました。でも写真の同じ続きに間違いなく写っているのです。
 コBの個体の雌雄は分かりませんが、いずれにしても亜成鳥の段階での絆の契りが、翌年まで続いているのは間違いないのです。1年間待ち焦がれた出会いであったのではないでしょうか。でも残念ながらこの年以降は、このコBの個体への戻りラブリングは観察できていません。


 行動その3 オオハク・コハクのペアリング

 オオハクチョウとコハクチョウがまるでペアーになったかのような行動は各地で報告されている。ここ御幕場大池でも傷病越夏のオオハクとコハクがつがいになったかのような行動が長い間観察されている。オオハクチョウの個体は、写真2のオAの個体で、コハクチョウは、前項で述べてきたコBの個体です。エッ!傷病鳥の戻りラブリングをした個体?と耳を疑りたくなるのでしょうが、2015年の秋頃からコBの個体がオA個体と一緒に行動することが多く見られていました。オA個体もこの池で初確認をした時には幼鳥でしたが、2015年には立派(?)な成鳥となっていました(写真10)。
_DSC5929 _3640 c480
 写真 10

 戻りラブリングをしたコBの個体がオオハクチョウとペアリングというようなことは考えられないのですが事実です。このことはどう理解したらいいのでしょうか。
 オオハクとコハクが、お互いに多くの仲間がいるのにペアーになったような行動をするメカニズムについても分かりません。この池にも傷病鳥ではあるがオオハクもコハクも1年中一緒にいる。それでもこのようなことが起きるのはやはり何かが作用しているとしか考えられない。通常どちらかといえばオオハクはコハクが休息している場所に行って無理やりその場所を奪い取るような横柄な行動を取っているとしか見えないのだが…。そのオオハクとコハクがペアーになるというのはどういうことなのだろうか。人間の場合も毛嫌いしていたと思われる男女がある日突然夫婦になっていたということもあるのが世の中だから…これもありかな?。
 このオA個体とコBの個体のペアリング的な行動というのは、お互いが向き合って鳴き交わしたり、別のつがいに対しても2羽が一緒になって首を斜めに傾けて鳴き交わすなど日常的に見られるつがいの行動と全く同一な行動を取っている(写真11)。
DSC_0703 _1085 c480
 写真 11

 さらには、2羽が好んで休息する場所を確保し、他の白鳥を寄せ付けなかったり、渡ってきた白鳥の群れを2羽で追い払うような行動までしているのです(写真12)。
_DSC2249 _6866 c480
 写真 12

ま たコBの個体が他の白鳥から突かれたりするとオAの個体がその白鳥を追い払うなどの行動も見られます。傷病鳥であるために池の周囲に上がってする採食の際にも2羽が一緒に行動することも見受けられるのです。
 この2羽の雌雄は不明です。もしこの2羽が雌雄であった場合、産卵繁殖ということも考えられますが、この周辺では、人間や犬猫なども観察されることからちょっと無理かなとも思われます。


 行動その4 一緒に行動したい…

 この池の越夏傷病白鳥は、長いものでは4シーズンをここで過ごしています。多くの河川等に残っている傷病白鳥は、夏を越えることが難しく秋になって白鳥が渡ってくる頃にはその殆どが命を終えることが多いのです。しかしこの池では結構高い確率で白鳥が越夏に成功をしています。地域の人が自由に給餌できることもそのことを助けているのかも知れません。また冬でも地域の農家の方と思われる人が米袋で籾を与えたり、家族連れがパンを片手に給餌をしているのです。
 長く生きていられるからの行動かも知れませんが、興味ある行動を2つ観察しました。
 一つは、白鳥が渡ってきたばかりの2016年10月17日午前8時26分のことでした。それまでそんな行動を私は観察したことがありませんでした。それは、渡って来ていた白鳥が全て採食に飛び立った後のことでした。その岸辺には傷病鳥4羽が残されました。全ての白鳥が飛び立って間もなく岸辺で採食をしていた傷病鳥の1羽以外全部が岸辺に勢揃いをしたのです(写真13)。
_DSC2731 c8480
 写真 13

 白鳥同士で呼びかけあったのかも知れませんが私にはわかりませんでした。そして次の瞬間3羽一緒に一斉に岸辺から走り出したのです(写真14)。
_DSC2734 c480
 写真 14

もちろん翼に損傷のある白鳥ですから飛び上がることはありませんでした(写真15)。
_DSC2746 c480
 写真 15 

 その様子を見ていて、やっぱり怪我をして飛べない白鳥であっても仲間の白鳥が渡ってきて採食に飛び出すのを見て、自分も一緒に飛び出し採食をしたいのだと思いました。何だか心にぐっとくるものがありました。夏の間飛び出すことができなかったのが採食に飛び出して行く仲間を見て、自分ももう一度一緒に飛び出して行きたいと思ったのかも知れません。しかも傷病鳥が一緒になって同じ行動をとって走り出したというのが何とも言えない思いにさせられました。これまでも1羽づつ勝手に飛び上がろうと水面を走り出す姿は何度も見てきたのですが、一斉にというのが彼らの気持ちを表しているような気がしたのです。
 もう一つの行動は、つい先日の2017年3月11日午前8時1分のことです。ここ御幕場大池の白鳥もだいぶ北上飛去をしたらしく、オオハクチョウの姿はほとんど見られませんでした。コハクのほとんどが飛び出して行ってしまい、オオハクの家族と思われる3羽だけが残っていました。そのオオハクも飛び発とうとする行動を始めました。その時、オA個体も一緒に飛び発とうとするようにその家族と同じ行動を始めたのです。家族が水浴びを始めるとオAの個体達も水浴びをして羽ばたきをしたり(写真16)、
DSC_7958 c480
 写真 16

飛び発つ列を作ろうとすると同じようにこの列に加わろうとする行動を取るのです(写真17)。
DSC_7901 c480
 写真 17

家族の方ではそのことを厭がるように追い払おうとしています(写真18)。
DSC_7991 c480
 写真 18

追い払われてもまた一緒に行動しようとするのです。そんなことを何度か繰り返すのを見て、やはり傷病鳥も仲間と一緒に故郷へ飛び発ちたいのだとつくづく思いました。やがて家族の飛び発ちと一緒に傷病のオオハクも水面を走り始めました。でも結果は見え見えです。飛び発つことはできませんでした。
 このオオハクチョウたちが一緒に飛び発とうとするその行動をその直ぐそばで見ていたコハクがいるのです。コBの個体です。ペアーのように行動していたコハクでもオオハクが同種の仲間と一緒に飛び発とうとする行動には入ろうとはしませんでした。いや入れなかったのかも知れません。オオハクチョウにはオオハクチョウの種としての想いがあるのでしょう。これも白鳥の世界の純然たる事実なのかも知れません。
 ペアーリングしていてもオオハクが仲間と一緒に飛び発とうとする気持ち・想いを変えることはできないようです。あるいはオオハクチョウが同種であるオオハクチョウに対する想いというのはペアーの相手に対する気持ちよりも強いものなのかも知れません。オA個体が仲間のオオハクと、飛び立ち前の水浴びをしたり隊列を作る等の同じ行動する時にコBの個体が付きまとうようにその周囲で行動していたこともオA個体は知っていたはずです。でもそのこともこのコBの個体も十分知っていたのかも知れません。同種のつながりというのは、よく分かりませんがそんなものなのかも知れません。
 それであれば尚更オオハクとコハクの異種ペアリング的な行動が不可解になります。
 ペアーとしての結びつきと同種として体に流れている血やDNA等との違いなのでしょうか。理解不能な領域かもしれません。いずれにしても最後のオオハクの家族が飛び発とうとする時にオオハクという血が止めることのできない行動を引き出したのかも知れません。

 ※自分では『飛び立つ』という言葉と『飛び発つ』という言葉を意識して使い分けています。飛び立つという場合は、日常的にその辺に飛び立って行く場合に使用しています。『飛び発つ』という言葉の使い方は、白鳥が繁殖地へ飛び発つように、直ぐにはここに戻ってこないような状況の時に意識して使用しています。

強風下での戻りラブリング  

 以前のブログ『近寄る』の項で戻りラブリングについて書いた。その際、戻りラブリングというのは、たくさんの白鳥が飛び立った時に、ペアーの相手を水面に残したままで飛び立ったことに気付いた1羽が水面に戻ってラブリング行動を取るものだというように記した。またすぐ直前にも傷病鳥との戻りラブリングのことについても書いた。
 それとほとんど同じなのだが、この2月24日にこれまでの戻りラブリングとは若干意味合いの違う行動を観察した。それが強風下での飛び立ちに伴う戻りラブリングだ。ここ御幕場大池は日本海から近いこともあって北西の季節風が強く吹きつける所でもあります。そのために白鳥たちはこの北西の風が吹いた時には飛び上がるのにとても難儀をしていました。飛び上がれなくて水面に叩きつけられるように戻されたり、飛び上がれなくて池に舞い戻されることも度々観察していた。これまでもあったのだろうが、採食に行くのにこの風で飛び上がったのは良いのだが、飛び上がれなくて家族と別れ別れになる白鳥がいたことが分かった。強風のために飛び上がれなかったか、水面に戻されたのかは不明だが、残された家族の元に戻ってきてラブリング行動を行う白鳥がいたのだ。戻って来たのが成鳥1羽だけで幼鳥を含めた家族が水面に残されていた場合(写真19)もあるし、
DSC_1177 c480
 写真 19

幼鳥と一緒に戻って来た成鳥(親)もいた(写真20)。
DSC_0748 c480
 写真 20

 これ迄述べてきた戻りラブリングと異なる点は、これまでは成鳥2羽だけの戻りラブリングだったが、この強風による戻りラブリングでは近くに必ず幼鳥の姿が確認できたということだ。これまでも気がついていなかっただけかも知れないが、この場合の戻りラブリングは、家族が一緒だということだ。家族の元に戻って来てのラブリングだが今回の観察では親同士のラブリングがほとんどで、幼鳥とのラブリング行動らしいというのは1例だけ観察した(写真21)。
DSC_0981 c480
 写真 21

 水面に複数の幼鳥が残されていた場合でも複数羽が一緒にラブリング行動をすることは観察されなかった。
 今回の強風に伴う戻りラブリング行動でもその行動は、基本的に成鳥同士が行うものであって、家族として親に追随している幼鳥は、直接関係しているものではないようだ。
 この池ではオオハクチョウも確認できるが、強風に伴う戻りラブリングではオオハクチョウは確認できなかった。

標識鳥とアンテナ    

 私が白鳥の生態を追い始めた頃、日本でも標識調査というのが行われ始めたようだ。白鳥は当時のソビエトのシベリア(現在ではロシアの極東ロシアと呼ばれている地域)で繁殖をして日本に渡ってきていると言われていた。その渡りのルートを突き止めようということで首環標識が行われるようになったようだ。
 日本で白鳥に最初のカラー標識は1975年4月4日にクッチャロ湖でコハクチョウに「001Y」の緑色の標識が山内昇氏によって着けられた(写真22)。
標識鳥 コハク 001Y 昭和55年0102 c480
 写真 22

 オオハクチョウには『1C01』が翌1976年3月14日に風蓮湖で着けられたという。標識の着け方は、国際的なきまりがあって日本で着ける標識の色は緑色でロシアは赤い色です。また白鳥の種類や着標時に幼鳥か成鳥かによっても頭部(上)の方から読めるものと体(下)の方から読めるもの等と詳細な規定がある。ちなみにオオハクチョウは、首を伸ばした時に体(下)の方から読めるように着標し、コハクチョウは頭(上)の方から読めるようにする。また着標時に幼鳥の場合、右脚にカラー環、左脚に金属環を装着し、成鳥の場合はその逆にするきまりになっている(写真23)。
脚環 成鳥時装着 c480
 写真 23

 首環の数字は分かるが、オオハクが『C』でコハクが『Y』と使用するアルファベットが違うのは、オオハクは、英語の『Cyguns』のCでコハクは『Cyguns』の2番目のYを使っているからだそうです。また脚の金属環の『15A』とある15はハクチョウやタンチョウ等の大型鳥類の脚環のサイズを表しているのだそうです。
 このカラー標識が着けられた当初は、双眼鏡で遠くからでもその色や番号が読めるということで新聞に何色の何番が飛来しているということも取り上げられたこともあった。何故こんなことを書いたのかというと最近この着標のきまりが守られていないものも見られるのだ。
 その後技術的な進歩で首の標識と背中に背負わせるショルダー型の発信機が着けられるようになった。白鳥にとっては首の標識だけでも不自由になったものが今度はアンテナという生活する上で不必要な出っ張ったものまで着けられるようになった。その後さらに発信機の小型化と太陽電池の出現により首環標識に小型発信機を着けるようになった(写真24)。
_DSC1612 c480
 写真 24

首環と発信機のアンテナが一体化されたのは良いが不自由さは同じように見えた。
 この小型発信機と通信衛星の活用によって白鳥の渡り経路等が以前よりも詳細に分かるようになったのは利点である。
 以前の項にも標識調査のことを書いたが、どうやら今では、小型発信機を中心とする調査によって首環標識がそれほど活用されなくなっているのではないかということをここ御幕場大池で見た白鳥でも感じた。ここで見た白鳥には、首環(標識)がなかった。以前に記した木間塚でのロシア着標の個体にも首環標識はなかった。首環標識がないものを標識鳥と呼んで良いのかは分からないがとりあえず標識個体と呼ばせていただくことにする。
 首環への発信機付き標識調査時から感じていたのだが、発信機の役割を果たすにはアンテナが必須となる。首環ももちろんそうであるがこのアンテナが白鳥にとっては邪魔で仕方がないものに思えるようだ。着標者の話も読んだことがあるが、彼らの言うことは、着標時には邪魔なような行動を取るが間もなく慣れて白鳥にとっては然程邪魔にはなっていないようだという声がほとんどだった。然程邪魔になっていないということをどの程度と受け止めるかによると思うが、私から見るとそれは着標者の我田引水的な表現であって白鳥たちは、結構長い間邪魔だという行動を見せている。例えばコハクの180Yの個体と今回の個体の例を挙げてみよう。180Yの個体は、2009年11月4日に着標された。その4日後の同年11月8日にはここ御幕場大池で確認された。写真25は着標後ほぼ20日後の11月23日ここで撮影したものだが、まだ気にしている。
_DSC2724 c480
 写真 25

水浴びの際にはどうにも気になって仕方がないように見受けられた。翌2010年11月7日に幼鳥連れを同所で確認したが、この時にはアンテナではなくまだ首環自体を気にしていた(写真26)。
DSC_7394 c480
 写真 26

 今回確認した標識個体は2017年3月12日でした。首環がなく、最初は気がつかなかったが、水浴び後の動きがあまりにも不自然だったので双眼鏡でショルダー型発信機の存在に気がついた(写真27)。
DSC_8746 c480
 写真 27

標識調査に詳しい方に問い合わせたら2016年11月25日福島潟で山科鳥研と新潟大が共同で装着したものらしいということが分かりました。この個体は発見したAM6時51分~56分の間中、飛び出し前の水浴びをしていた。その間中アンテナが気になるらしくてくちばしでアンテナをくわえる動作を何度も行っていました(写真28)。
DSC_8593-8795 c480
写真 28

 装着したのが11月ですから3ヶ月半ほど水浴びのたびにこういう行動をしていたのではないかと思って可哀想になりました。そのためでしょうか、アンテナを包んでいる被覆がぼろぼろでした。
 今回とその前の標識個体を見て標識調査って考え差させられました。特に機器の故障と落下時期の関係で。


越冬場所の固定化     

 毎年白鳥が越冬する場所で給餌活動をしている人がよく「今年も去年と同じ白鳥がやって来ている」というのを耳にすることがある。どうもそれは本当らしくここ御幕場大池で毎年観察しているが、その傾向はここでも確認できる。
 渡り鳥のツバメが毎年同じ巣に戻って来て繁殖していることも標識調査で明らかにされている。その訳はその場所に土地勘があるということらしい。この時期にはあの場所に行けばこのような餌が捕れる。だから繁殖が成功できたことが誘因となっているらしい。白鳥の越冬についても同じようなことが考えられそうだ。多少雪が降ってもあの場所では採食出来るし、その場所が無理だとしたらあそこだったら草が出ていて採食が可能だというような土地勘も毎年同じ場所で越冬すると可能になりそうだ。だから敢えて無理して越冬場所を毎年変えるよりも効率的に越冬できると考えることができるのではないだろうか。
 全部の白鳥がそうだとは言い切れないが、前項でも述べた180Yの標識鳥も標識があったために私の写真の記録に2シーズンに渡ってあった。この180Yの個体は2009年11月8日に始めてこの場所で確認した。その後同年11月23日と翌2010年11月8日から2011年2月14日迄の3ヶ月間に計7回確認できた。その後は確認できなかったが少なくても2年間はここ御幕場大池で越冬していたことになる。発信機付きの標識鳥であるために2011年1月下旬にしばらく確認できなかったので問い合わせたところ、この冬の大雪のためか南下して長岡市内の河川で過ごしていたことが分かった。その後もまた北上して2月中旬にはここ御幕場大池で確認できた。
 このように積雪の状況によって南下することもあるが180Yの個体は基本的にはここ御幕場大池が越冬場所と考えて良いようだ。 
 ここ御幕場大池を毎年の越冬場所にしているもう1例がある。この例は標識ではなく、ビルパターンによる識別で同じアメリカコハクチョウの個体だと同定したものです。このアメコは、1シーズン目は2014年2月24日に始めて確認した(写真29)。
写真28 DSC_7761_7687 20140214 御幕場 c480
 写真 29
翌々シーズンの2015年11月6日(写真30)。
写真29 DSC_1125_1130 20151106 c6480
 写真 30

更に次のシーズンの2016年11月14日(写真31)
写真30 DSC_4622_4638 2016114 御幕場 c480
 写真 31

と2017年3月12日(写真32)にも確認した。
写真31 DSC_0608 _0634 20170312 御幕場 c480
 写真 32

 白鳥たちの越冬場所もこのような例でも分かるように案外固定化しているのかも知れない。より詳細な観察が求められそうだ。


 御幕場大池もいい

 以前に木間塚(宮城県大崎市)を白鳥観察や写真撮影に最適な場所として取り上げたが、ここ御幕場大池(写真33)も白鳥ウオッチャーとしては是非とも一度は訪れておくべき場所だと思う。
_DSC0488 c480
 写真 33

 ここも日本白鳥の会の『白鳥重要越冬地100選』に選定された場所でもあります。木間塚と御幕場大池のどちらを勧めているのかと問われそうだが、両方だ。甲乙つけがたい。
 ここ御幕場大池は、白鳥たちにとって渡りにも越冬にも重要な場所だ。この池は周囲が500m程の小さな池だが、池の周り全てが観察場所でもあり撮影可能な場所でもある。基本的に立ち入り禁止等ほとんど規制はない。そのため飛び上がる前後左右どの方向からでもその様子を観察撮影できる。ここでは早朝の飛び立ち(写真34)から
次々飛び立つ白鳥 
 写真 34

ネグラ帰り(写真35)まで目前で観察できる。
DSC_3654 c480
 写真 35

 白鳥の数も多い時では400羽を越える程で、通常10月中旬から翌年の4月桜の咲く時期まで羽数の増減はあるが観察できる。愛鳥団体等による給餌は行われていなく、近隣住民による自由給餌がなされている。
 瓢湖や佐潟など白鳥飛来地として有名な地点で白鳥が北上飛去してしまってもここではしばらくの間観察できる。それには、2つの点が上げられそうだ。1点目は、他の場所で平野部の水田が乾燥し白鳥の採食が不可能になっても御幕場大池周辺の水田は水位が高いところがあるので採食ができる。それに乾燥した水田でも草の新芽が出ている所もあるので白鳥の採食物もまだある。2点目、3月中旬以降北上飛去する白鳥は、平野部の水田乾燥地帯を回避して本州中部の山麓地帯や内陸部のまだ雪解けが進んでいない雪解け前線の地域を選んで北上する。例えば猪苗代湖周辺では北上飛去の早い今年でも3月下旬にまだ2,000羽以上の白鳥が確認されている。ここ御幕場大池はその猪苗代湖からの北上飛去のルートと考えられるために、4月上旬でも次々と白鳥が飛来してくる。さらに3月中旬に白鳥の北上飛去がほぼ終了した庄内平野の水田地帯も4月に入ると草の芽生えがあり、それがここ御幕場大池から4月初旬頃に北上飛去する白鳥たちの採食物となっている。このように採食物があり後続群が次々と飛来してくるので4月でも白鳥が見られるのです。
 ここでは建物の屋上からも白鳥が観察できるし、降雪時でも池には東屋もあり天候に合わせた観察撮影が可能です。ここはコハクが多いが、オオハクも若干いる。ただオオハクは、秋の飛来が若干遅く、春の飛去は早いようです。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑪ 北上飛去

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑪

北上飛去

 2017年2月19日。現在、御幕場大池は鳥インフルエンザのためにまだ立入禁止になっていると自分で考えていた。そのため白鳥生態観察に1月に続いて木間塚に出向くことにした。ところがもうこの時点で立入禁止が解けていたのを帰宅してから知った。鳥インフルの鳥が発見された場合『75日間はその周辺は立入禁止』という事を鵜呑みにしていたのだ。1月5日に発見されたのだから…・まだだめだと早合点して、インターネットでチェックもしなかったためなのだ。
 2月19日木間塚に向かう途中の国道沿いの水田は土壌が乾いて、これでは白鳥が採食出来ないだろうと思ったほどだ。白鳥の北帰行動が始まったというのも無理がないと思った。木間塚に到着して『白鳥が少なくなった』と言うのが第一印象だった。やはり白鳥の北帰はもうすでに始まっているようだ。日差しの強さも明らかに先月と比較して強くなっている。知人から伊豆沼では2月上旬にもう白鳥が北帰行動を開始したと聞いた。
 木間塚では、日中でも夕方になっても採食に飛び出す白鳥がほとんどいない状況だ。それに夕方になってもねぐらに戻ってくる白鳥がほとんどない。白鳥たちも水田の土が硬くなっているためかほとんど採食に飛び出すこともない。ただ1日ゆっくり翼を休めているような感じだ。翌20日朝、採食に飛び出す前の様子を観察したが、明らかに1月の時よりも白鳥の数が減少しているのが分かった(写真1)。
_DSC0406 20170129_20170220 c480
 写真 1

木間塚でも白鳥の北帰はもう始まっていたのだ。
 庄内地方北部では、白鳥が北帰の移動期になると、夕方になっても最上川スワンパークのような大きなねぐらにあまり戻らなくなる。その代わりに、採食場所に近い場所にある中小河川をねぐらにするようになる。2月17日早朝に移動期にねぐらとする河川を案の定白鳥たちはねぐらとしていた(写真2)。
DSC_0437 _0429 c480
  写真 2
 木間塚での観察を終えて帰宅する途中の庄内平野では、防風雪柵前に残雪がまだあり、その周辺での白鳥の採食行動があちらこちらで見られた(写真3)。
DSC_0628 c480
  写真 3

木間塚に出かける時よりも明らかに白鳥の数が増えていた。北帰移動に伴うこれらの行動が例年よりも2週間以上も早く始まっている。まだ水田に雪が残っている庄内地方でも白鳥の移動が始まっているのは間違いない。

 北帰飛去の観察

 庄内地方からの北帰飛去を観察するために毎年観察する場所で観察することにした。
 観察は2月28日午前6時30分から行なった。本当は20日に北帰行動が始まっていることを感知したのでもっと早く行ないたかったが、悪天候が続いたために好天になる予報があった28日にした。(この間の24~26日までは御幕場大池(村上市)に観察に出向いた。この観察は後日ブログに掲載する予定。)
 観察場所は、鳥海山西側、国道7号線から水田に東側に100mほど入ったGPSデーターでは、東経139度53分30秒,北緯39度8分37秒の地点です(写真4)。
航空写真 観察地点 c480
 写真 4

 この場所は、以前に白鳥の南下飛来を観察した鳥海山5合目の鉾立山荘から見える所でもあります。何度か述べているが、庄内平野への白鳥の南下飛来や北上飛去は、この『7号幹線ルート』しか観察していないので庄内平野からの北上飛去もこのルートを必ず使用することがわかっている。この観察場所は、南側と西側が完全に視界が開け、東側は鳥海山があるので白鳥が北上してくる状況をほぼ完璧に観察できる場所でもあります。北海道稚内市の声問岬も北上飛去の観察地点としてはほぼ完璧に観察できます。白鳥の北上飛去の様子を観察するには、この2ヶ所と猿払の国民宿舎の前の海岸線もおすすめの場所です。渡りを観察する場所としては、ほぼ全天の視野が確認できる場所が最適だと思う。
 観察場所に予定の時間に到着した。観察場所は鳥海山西側にあるため山の陰になりまだ日の出を迎えていない(写真5)。
DSC_1419 c480
 写真 5

 今日は天気予報通り見える範囲には全く雲が無い。この場所は、これまでの北上飛去の観察から、3つの北上ルートがほぼ確認できている。1つは南西方面の『海岸線からの飛来ルート』2つめはほぼ真南に当たる『庄内平野からの飛来ルート』3つめは南東側の『内陸方面からの飛来ルート』です(写真6)。
飛来方向の写真 c480
 写真 6  観察地点の様子

 28日、最初に北上群を確認したのは6時38分の6羽です(写真7)。
DSC_1415 c480 420mm
 写真 7   最初の北上群

この群れは、飛翔高度やその飛来方向から庄内平野北部の月光川周辺から飛び立ってきたものと考えられます。と言いますのは、声問大沼からの北帰行動の観察から、ある程度の飛翔高度を確保するには飛び立ってから相当距離が必要だと考えているからです。ここで観察していても飛翔高度がある程度確保されていないものは、近距離の場所から飛び立ってきたものと判断しています。
 これから北上飛去する白鳥の群れの写真を数多く提示しますが、事前の知識として知っていて欲しいことがあります。写真7のように左方向に飛翔していく群れの写真は、観察場所の東側つまり鳥海山側を飛翔通過していく群れです。それに対して右方向に飛翔していく群れの写真は、観察場所の西側つまり海側を飛翔北上していく群れを撮影したものです。また写真で上方向に飛翔する群れは、観察地点の真上を北上しているものか、観察地点に向かって飛来してくる群れの写真です。
 28日は、午前中は6時30分から10時30分迄の4時間、午後は3時30分から日没直後の5時30分迄の2時間の計6時間観察しました。
 この日の観察で観察地点の東側を北上して行った群れは写真7と8の2群だけでした。
DSC_1704 cc480 2月28日 50mm
 写真 8

 28日の観察で特徴的だったのは、北上群で写真の2群以外は全て海岸線側から北上してきていました。北上飛来してくる群れの観察は12倍の双眼鏡を使って確認しています。写真6の範囲を左右に双眼鏡を動かしながら観察するわけですが、最初、群れらしいものは、空中に1本の横線らしきものが出現します。ちょうど途切れた短い電線が現れたように見えるのです。その直線を追尾観察しているとやがて少し波を打っているように変化してきます(写真9)。
DSC_6638 cc480
 写真 9

 この段階で何かの群れが飛翔してきていると言うことは分かるのです。この段階ではまだガンの群れか白鳥の群れかはわかりません。その波線を確認したらこの群れを見失わないように追跡しながら、別の方向から別の群れが現れないかも確認しなければなりません。群れが次々と現れた時には下の風景のアンテナや建物の位置と合わせて記憶しておきます(写真10)。
DSC_1586 cc480 290mm
 写真 10

 ここの観察場所の良いところは、写真6で分かるように飛来する方向に都合良くそれぞれアンテナがあり、東側には丘陵が続いていることです。撮影した写真もどの方向から飛来しているのかを後日でも確認できるのです。
 この日の北上飛去の群れは、ほとんど全てが海岸側からの飛来で飛翔高度も相当高かった。そのことから、山形県内から飛び立った群れではなく新潟県など庄内地方よりさらに南方からの飛来ではなかったかと考えています。
 この日の観察で庄内地方北部からの北上飛去は、早朝と日没直前の2群だけであったことと北上飛去群のほとんどが山形県以南からのものであることが海岸線側の北上飛去になっているのではないかと推測できた(写真11)。
北上ルート図 c480
 写真 11 北上ルート図

庄内地方北部からの北上飛去はもうほとんど終わったことが推測される状況だった。


3月1日の観察      

 天気予報では今日も晴れだったが、朝起きてみると鳥海山は雲に隠れて見えない。今日も北上飛去の観察に行くつもりであったが、急遽予定を変えて渡りの時のねぐらとなる採食場所近くの河川の様子を確かめた。渡りの時のねぐらの場所にはもう白鳥の姿は見られなかった。予測通り庄内地方からの北上飛去はもう終了に近いようだ。それを確かめるため最上川スワンパークに向かった。着いてみるといつもの様子とは違って早朝に白鳥がねぐらから採食に飛び出す時の様子は全く見られなかった。その代わり白鳥がほぼ1ヶ所に固まって北上飛去する時の様子があった。スワンパーク上流に近年できたねぐらでも白鳥の様子が越冬時の様子とは違っている。直感的に『うん?これは今日渡るのではないだろうか。声問大沼での白鳥が群れとなって動く様子に似ている気がする』と思って、昨日渡りを観察した場所に行こうと即断即決。すぐさま現地に向かった。
 到着して観察が開始できたのは午前7時を少し過ぎていた。7時14分、昨日と同じように直ぐ近くから飛び立ったと思われる7羽の白鳥が観察場所の西側を北上飛去して行った。ここに到着する前に幾つかの群れが北上していったことは推測できるが仕方がない。
 今日は次々と北上群が海岸線側と庄内平野方向から湧き上がってくるのが双眼鏡で確認できる。しかもその群れも大きいものが多い(写真12)。
DSC_5682 cc480
 写真 12

そして今日は昨日多く見られた海岸線沿いではなく頭上から東側周辺を通過していく(写真13)。
DSC_2704 cc480 116mm
 写真 13

どうやら昨日よりも少し東側を北上して来て観察地点より東側の鳥海山上空周辺を飛去している感じだ(写真14)。
DSC_1783 c480 290mm
 写真 14

 今日は多くの白鳥が渡りそうだと予感した。と同時に、昨日今日の白鳥の飛去数を算出してみようと思った。昨日の分も写真を元に飛去数を算出できるはずだ。今日は飛去数を意識して写真を撮ることにした。
 集約してから分かったが、今日最大の群れは、165羽で100羽越えの群れが3群午前7時19分から40分までの間にあった。ちなみに前日の28日は午前9時24分の56羽が最大の群れであった。翌3月2日も同じ調査をしたが、この日は、午前7時46分に130羽の最大の群れを観察した。
 この日(1日)は40分程遅れて調査を開始したが、午前10時30分の観察終了時までの間に群れとして北上飛去したのが76群で午前中の北上飛去総羽数は、2,944羽、午後には5群の88羽で3月1日の総飛去羽数は、3,030羽になった。前日の飛去総羽数は、1,128羽であった。昨日の約3倍の白鳥の北上飛去を確認した。



 3月2日の観察  

 天気予報では天気が崩れることになっていたが今日も快晴。予定通り同じ場所で北上飛去を観察。
 午前6時37分62羽の第1群を確認。この群れは観察地点西側の海上を北上して行った。その後の群れは最初に飛来確認できる場所が、庄内平野からの北上飛来方向よりも次第に東側の内陸方面からの飛来方向で確認できるようになった(写真6参照)。そして観察地点よりも東側の鳥海山をバックにして北上飛去する群れが多くなった。3日間観察したが、28日は最初の飛来確認場所が海岸線沿いで、北上飛去の方向も八郎潟方面だと分かる状況だった。翌1日は、最初の飛来確認の場所が庄内平野からの北上飛来方向からだんだん東側になっていった。北上飛去は、観察地点上空から少し東側の上空を通過してこれも八郎潟方面へと飛去する感じがした。そして今日2日は、昨1日よりもさらに東側の内陸方面からの北上飛来に近いルートで確認することが多くなった。そして北上飛去する方向も鳥海山の山麓西側や山頂近くの上空を秋田県内陸方面に向かうようになったことがよく分かった(写真15)。
DSC_2571 cc480 340mm 3月2日
 写真 15 340mmで撮影 ノートリミング

DSC_6572 c480
 写真 16 600mmで撮影 ノートリミング

白鳥も下界の様子を感じながら飛去方向を決めているのかも知れない。
 観察に基づく持論であるが、白鳥は雪解け前線を追いかけながら北上を続けていると思っている。これまでも何度か機会ある度に述べてきているが、北上していく白鳥は、採食可能な積雪10cm以下の地点周辺まで北上しては採食して留まり、さらに北の地点の雪解けが進むに従って次第に北上している。3月に入ったばかりの北東北の積雪状況を気象庁のデーターと国土交通省の道情報ライブカメラ等を元に推測すると日本海側では雪解け前線がまだ八郎潟や能代周辺にあるようだ。さらに北の青森県津軽平野の水田地帯はまだすっぽりと雪に覆われている。一昨日昨日の白鳥の北上飛去の目的地は、八郎潟辺りのようだ。
 今日の北上飛去の方向は、昨日までの八郎潟方面よりもより秋田県内陸方面に向いているようだが、内陸方面はまだ雪が深い。案外近くを今日の目的地にしているのかも知れない。あるいはあの飛翔高度からすると岩手県の盛岡以北の地域を目指しているのかも知れない。上空を飛翔する彼らには雪解け前線が今どの辺まで北上してるのか一目瞭然のはずだ。

飛翔高度は?     

 海外では8,000m上空を飛翔している群れも目撃されているが、日本での日常的な移動ではなく、北上飛去や南下飛翔ではどの位の高度で移動しているのだろうか。現在、自分の経験として渡りの時の飛翔高度を明確に言えるのは、男鹿半島の寒風山の時のことだけです。白鳥の南下飛来の観察時に日本海上を南下してきた群れが八郎潟に降下しないで更に南下を続けた。この時山頂で観察していた場所とほぼ水平な高度で南下して行った。寒風山は標高335mだからこの時の飛翔高度はほぼ300m程度だろう。でも写真15や16の場合の飛翔高度は、そんなものではないだろう。
 写真撮影しながら飛去する白鳥の飛翔高度はどの位のものだろうかと考えた。鳥海山を背景にして白鳥が飛翔している写真は、少なくとも観察場所から見て鳥海山の標高2,236mよりも高い場所は飛んでいないと考えられる(写真17)。
DSC_5722 cc480
 写真 17

鳥海山が背景ではなく空を背景にしている写真でも鳥海山よりも高い高度で飛んでいないことも考えられる(写真18)。
DSC_6010 cc480
 写真 18

飛翔高度を考える上で図1のような模式図を考えてみた。
鳥海山 飛翔高度推測図 ccc480
 図 1 飛翔高度推測想定図

 観察者から見てピンク色の部分を飛翔する白鳥は、飛翔体までの距離は関係なく鳥海山上空を飛翔しているように写るはずだ。そうなると写真に写っている大きさが問題となる。でも写真に写っている白鳥の大きさでも望遠レンズの使用で大小が生じるので大きさだけの比較はできない。ただズームレンズではなく単焦点のレンズでトリミングなしのものであればある程度の比較はできそうだ。頭上を通過する群れの場合も同じ事が言えそうだ。
 写真15・16でも言えるがズームレンズを含めて超望遠と言われるレンズで撮影して豆粒状に写っている白鳥の群れはそれなりの高度で飛翔しているのではないかと考えている。標高2,236mの鳥海山上空を飛翔して、点状に写っている白鳥は2,000m近くを飛翔しているのではないかと考えているが甘いだろうか。
  前述したが、稚内市声問岬での北上飛去の観察時でも直ぐ近くの声問大沼から飛び上がってきた群れはせいぜい100m程度の高度で飛去して行く。しかし沼よりもさらに南の方から上空を飛去していく群れは此処と同じようにほぼ点状になって上空を通過していく。どうやら長距離の移動・渡りの時には更に高い高度を保って移動していることが推測できる。
 今日2日に北上飛去して行った群れの多くは、山形県以南から飛来して秋田県以外の場所を目的地にしていたようだ。


3日間の北上飛去を観察して 

 瓢 箪から駒ではないが、色々な状況から3日連続で白鳥の北上飛去の様子を観察することになった。
 下は、この3日間の白鳥の北上飛去の様子を表にしたものです。
総羽数の表 480

 見て分かるようにこの3日間で北上飛去した白鳥の総羽数は、5,709羽です。日別の状況は以前に若干触れましたが、28日は1,128羽で翌2日にはその約3倍の3,030羽が、そして2日には1,551羽とその総数は日にちによって大きく変わるということが分かった。3日間共に天気は、ほぼ穏やかな状況で、違っていたと言えるのは3月1日だけが北上飛去には追い風となる南風が吹いていたということだけだと考えられます。時間的に見ても北上飛去はその殆どが午前中しかも日の出直後から午前9時30分までに行われていることが分かります。飛去の時間帯に3時間という大きな幅があるのは、観察地点と白鳥が飛び発ってくるねぐらとの距離的なものがあるためと考えています。最上川スワンパークや声問大沼、ポロ沼の場合を見ても北上飛去の飛び出しは日の出直後に行われることが多いのです。最上川から観察地点までは少なくても30~40分は必要です。3月1日の酒田の日の出は午前6時20分頃です。そうすると観察地点を通過するのは午前7時頃になります。また更に南の地点から白鳥が日の出と同時に飛び発っても観察地点までは相当な時間が必要になります。そのため観察地点上空を通過する時間帯に幅が出ることになると考えています。午前中に飛去北上する白鳥が多いというのは日常的な観察状況からも妥当であると思います。
 この北上飛去の観察から白鳥が7号幹線ルートを利用して例年通り飛去していることも裏付けられました。ただ、それぞれの地域での北上飛去の状況を知るには、やはりその地域の地理的気象的な状況等を勘案して実際に観察することが必要だと考えられます。その際には此処での状況を考慮して適切な方法で観察することを望みます。

飛翔隊形の変化   

  文部省唱歌に「雁が渡る鳴いて渡る…棹になりカギになり…」というのがあります。白鳥もこの歌のように飛翔する時に棹の隊形(写真19) にもかぎの隊形(写真20)にもなりながら渡って行きます。
DSC_2849 cc480 240mm
 写真 19 サオ状隊形

DSC_2885 cc480 116mm
 写真 20 カギ状隊形の大きな群れ 

 白鳥が故郷極東ロシアに帰る時に先頭の白鳥がリーダーとなって引率していくと思っている人もいますが、実は白鳥たちはその飛翔隊形を刻々と変えながら飛翔しているのです。その理由は分かりませんが、風の向きや強さが関係しているとも思われます。今回の観察中にも何度か飛翔隊形が変化する様子を見ることがありました。その1つが写真21です。
DSC_2463-2473 c480
 写真 21 隊形の変化

右上の①の写真では飛翔隊形がほぼ一直線になっています。直ぐその後の②~④では、編隊飛行の右下周辺の個体が突然霧もみ飛行を始めて編隊が壊れています。観察地点に向かって飛翔してきた群れですが地上では特に風が強く吹いたわけでもないのにこんな動きが見られたのです。
 飛行隊形の変化とは若干意味合いが違いますがこんなことも見られました。それは写真22です。
DSC_2697 -2702 cc480 50mm 2
 写真 22 飛翔の高度差    ※明暗調整

この写真には、左上のV字(かぎ)編隊の群れと右下に交差している2つの群れの計3群がいます。ここで取り上げたいのは左上の群れではなく右側の2群です。この2群は①の写真では交差していますが、②③と見ていくと大きな群れから離れていく1群があるのが分かるでしょう。①の写真でこの2つの群れを拡大してみると交差しているところの白鳥の大きさが違っているのです。次第に左側に離れていくように見える直線群の白鳥の大きさが小さいのです。そうです。左に離れていく直線の群れは、交差している群れと同じ高さで飛翔しているのではなく、一段と上を飛翔しているのです。同じ群れのように見えたのですが、実はこの2つの群れには高度差があったのです。北上飛去していく群れでほとんど同じに見える群れでも飛翔している高度には違いもあるのです。単純に考えると一段と上を飛翔している群れは、遠くから飛来して来て、下を飛翔している群れよりも更に遠くへ向かって飛翔していることも考えられます。
 北上飛去群がどの程度の高度で飛翔しているのかという疑問もまだ解決できていませんが、同時にこのように違う高度を飛翔している群れがいることも頭に入れておく必要があるようです。そうですよね。鳥海山の斜面を横切るように飛翔する群れと頂上の上を通過するように飛翔する群れもあるのですからね。

 ガン類の行動 

 白鳥のことだけを述べてきましたが、今年庄内地方の北部ではこれまでになかったほど非常に多くのガン類が飛来しました。雪が少なかったこともあるのだろうが我が家の直ぐ近くの水田でも数百羽の白鳥が採食していました。そのためでしょうが、この3日間でガン類の渡りも多く観察しました(写真23)。
DSC_2832 c480
 写真 23  北上飛翔するガンの群れ

た だ単にガン類が北上飛去したというのではなく、白鳥はその殆どが北上していくのにガン類はそれに逆らうように庄内平野を目指して南下していくのが多く見られたのです(写真24)。
DSC_1854 cc480 50mm
 写真 24 上の群は北上する白鳥  右下の群れは南下するガンの群れ 

 白鳥よりも体が小さいためだろうかガン類は飛翔のフットワークが軽いようだ。今頃は八郎潟周辺で採食しているのがほとんどだと思われるのに、採食のために200km 以上も再度南下して来ているのです。しかも1群だけではなく何群も南下していくのが見られました。このガン類の再度南に向かう行動は何を示しているのだろうか。
 その他にも白鳥の群れの中にガン類が一緒になって編隊飛行をしているものやガンの編隊の中に白鳥が入っているものも何群か見られた(写真25・26)。
DSC_1500 cc480 140mm
 写真 25  白鳥にガン

DSC_5509 c480
 写真 26 ガンと白鳥


 白鳥とガン類が同じ群れの中に入っているのは声問大沼でも何度も見ている。ただ、カモ類が白鳥と一緒の群れになって飛翔していくのは、今回もこれまでも僕は観察していない。飛翔に関わる何かが違っているのだろうか。
 ガン類はこれまで庄内地方では鶴岡市の上池下池周辺には多く見られていた。それが今年は1月中旬頃から庄内平野北部でもごく普通に見られるようになった。飛来は、少雪の影響なのだろうか来年の飛来がどうなるのかが楽しみです。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑨ 観察写記 木間塚

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑨
観察写記 木間塚

 鳥インフルエンザ発生のために立ち入り禁止になっていた御幕場大池に2017年1月28日白鳥観察に向かった。1月13日で立ち入り禁止が解除になるはずであったが、現地に着いてみるとまだ立ち入り禁止だ。????(後日帰宅後にインターネットで調べてみると1月1日に村上市内でハヤブサの鳥インフル(検査結果は陽性)が発見されたためということであった)。仕方がないので、1週間前に訪れた宮城県にそのまま向かうことにした。私の第2のホームグラウンドにしている鳴瀬川の木間塚橋に午後6時25分に到着。当たりはもう真っ暗であったが白鳥たちのねぐらでのざわめきがまだ聞こえている。
 今回はこの木間塚橋での観察について4点程述べてみたい。

 ① コハクのコブ状突起個体が・・・

 コハクチョウのクチバシの下にコブ状突起がある個体をクッチャロ湖で観察していたことは以前に報告した。そしてたった1羽の発見事例だったので病気か?と思っていたことも。ところが御幕場大池でそのコブ状突起がある個体を発見し、その家族群で幼鳥にもそのコブ状突起があることから病的なものではなく、遺伝形質のものではないかということまでは報告してきた。
 双眼鏡で白鳥の様子を1羽ずつ確認していくとコハクチョウのコブ状突起の個体も結構いるようだ。突起だけではない、アメリカコハクチョウもいるしアメコとコハクのハイブリッド(交雑)個体も結構目につく(アメコについては後述する)。
 コハクのコブ状突起の個体は10個体以上いる(写真1)。
UBPコブ コハク12 c480
写真 1 木間塚でのコブ状突起個体一覧

ビルパターンで個体識別もできる。コブ状突起の大きいものや小さいものなど色々ある。これだけコブ状突起の個体がいれば、コブ状突起の家族群もいるのではないかと探したが、ようやく1家族群にそれらしい幼鳥を発見した(写真2と3)。
DSC_7060 c480
写真2 コブ状突起個体(幼鳥)

DSC_5236 c480
写真 3 コブ状突起家族群

 1週間前にもここ木間塚で白鳥を観察したが、その時には発見できなかったのに今回は12個体以上コブ状突起のあるコハクを観察した。この鳴瀬川流域では上下流にもっと白鳥のねぐらがあるので丁寧に観察していけばもっと発見できるのかも知れないと思った。

② オオハクのコブ状突起個体・・

 これまで自分ではオオハクチョウのコブ状突起個体を観察したこともないし、その報告を聞いたことがなかった。それでオオハクには、コブ状突起がなく、コハク特有のものかと思っていた。ところが、ここ木間塚でオオハクチョウのコブ状突起個体を2個体観察しました(写真4)。
DSC_3776 4192 2600 c480
写真 4 オオハクチョウの2個体

 前述したが1週間前にこの場所で白鳥の観察をした時にはオオハクのコブ状突起個体は見つけることができていませんでした。
 コハクチョウのコブ状突起個体を探しているとオオハクチョウと思われるコブ状突起個体を見つけました。オオハクのコブ状突起?ということで何度も見直したが間違いなくオオハクの成鳥です(写真5)。
DSC_3776 c480
写真 5 オオハク成鳥のコブ状突起個体

 よく観察して見ると5羽の家族群だ。幼鳥を3羽連れているが幼鳥にはそのコブ状突起らしいものは見当たらない。連れ合いの成鳥にもコブ状突起は見当たらない。家族群の中でもこの1羽だけらしい。でももし万が一ということを考えて周辺を探したら2羽目の成鳥のコブ状突起のある個体を発見した。この1羽は家族群ではなくつがいのようだ。連れ合いの個体にはコブ状突起はない。
 前述したコハクのコブ状突起個体の個体識別に、白鳥の左側の顔の写真を使った。しかし本来は右側のビルパターン等で個体識別をするのだが、観察位置とこの場所が河川のために左側が上流になり、上流に向かう個体がほとんどであるために全て左側の顔で個体識別をした。継続的に観察する場合は、右側の顔で個体識別をするべきだとは思うが、今日この時点での確認なので左右どちらかのビルパターン等に統一して判断しても問題は無いと思ったのだ。(個体識別にビルパターン等というように『等』を付けたが、詳細な個体識別には10の観点が有り、ビルパターンだけでなく目や眼瞼輪それに頭部の形状も含めて判断するのでビルパターン『等』という表現にした)。

 コブ状突起って??

 コハクとオオハクの下くちばしに付いているように見えるコブ状突起のことですが、実は僕もその実態についてはよく分からないのです。このコブ状突起があるのを発見したのは、2009年にクッチャロ湖で白鳥の観察中でした。最初は白鳥にもカラスのように頬袋があるのかなと思っていたのですが、白鳥にはないということでした。そして2014年御幕場大池(村上市)で家族群の親鳥と幼鳥にもこの突起があるのを発見したことは前述した。そこでこれは遺伝形質をもったものではないかと考えたのです。その後もこのコブ状突起についての報告は目にしていません。今回この木間塚でコハクの多くの個体とオオハクにもあることを発見しました。
 海外の文献を捜してみてもまだこのコブ状突起について書かれたものを僕は知らないのです。どなたかご存知の方がおられましたら教えて下さい。自分勝手に遺伝形質などと言っていますが、伝染性の病気なのかも分からないのです。ちょっとこのコブ状突起のある個体が多すぎるのではないかとも思っているのです。

追伸
 オオハクのコブ状突起個体についてブログに掲載した所、日本白鳥の会のHPの白鳥日記に掲載されていて、水戸の弁天池で2016年2月に発見されていると教えて頂きました。
強調文白鳥の会のHPに掲載されている写真も流石に撮影者の小曾野さんは、写真家でもあり、とても鮮明な写真でしたのオオハク個体識別に挑戦してみました。オオハクは、ビルパターンでの個体差が無く、個体識別が難しいのですが、何とかできました。水戸の弁天池のオオハクコブ状突起個体と今回のものは、別個体のようです。

 オオハクコブ状突起個体を発見された方のご連絡が頂ければ嬉しいです。できれば写真があればまた個体識別に挑戦してみたいとも思ったおります。宜しくお願い致します。


③ アメコ擬(もど)きがたくさん

 ここ木間塚での3つ目に気になった点は、アメリカコハクチョウ(以後アメコと記す)のような個体がたくさん見られたことです。アメコは、コハクチョウの亜種で名前にアメリカとあるように本来的には北アメリカで繁殖する白鳥ですが、繁殖域を極東ロシアにも拡大しているため、越冬に日本に少数が南下してくるようです。そのアメコとコハクの繁殖域が重なるために交雑が行われアメコのようなくちばしの特徴を持ったアメコ擬きのコハクが日本で多く見られるようです。
 野外でコハクとアメコを識別するには、くちばしの黄色と黒色部の大きさで行います。コハクをビルパターンでイエローネブとブラックネブ(写真6)それにペニーフエイスの3つに分類することがあります。
DSC_0252 cc480
写真 6 コハクチョウのブラックネブ

 アメコはこの中のブラックネブタイプのように黒色部がクチバシの先端から額まで続いています。そして黄色部がほとんどないかあるいはほんの点状にしかないのです(写真7)。
DSC_6945 c480
写真 7 アメリカコハクチョウ

 前述しましたが繁殖域がコハクと重なるアメコが交雑したのがアメコ擬(もど)き(写真8)と思われるものです。
アメコ Hybrid c480
写真 8 アメコ擬き

 アメコ擬きと言われるものは、黄色がアメコよりは大きく、コハクのブラックネブよりは極端に小さいものです。
 そのアメコ擬きが他の白鳥越冬地よりもここ木間塚では多いように思います。昨年もここを訪れているのですが、そんな思いを持ったのは今年が初めてです。
 同じような感じでも写真9ほどに黄色が大きくなるとこれはもうアメコ擬きではなくコハクと識別することになります。
DSC_4624 c480
写真 9 コハクチョウ


④ 標識方法も様変わりか?

 白鳥の飛翔経路や生息場所を知るために行われていた首環装着標識調査もちょっと様変わりしてきているようです。これまでは、色彩で装着国や遠くからでも番号が読める首環標識を着けていました。ところが技術の進歩と云えば良いのでしょうか、木間塚で今までとはちょっとタイプの違う標識鳥を確認しました。
 標識鳥(?)と言って良いのでしょうか、その個体はコハクでした。首環部分も白色のために最初は気がつきませんでした(写真10)。
DSC_6389 c480
写真 10 標識鳥?

 アメコを探している時に首にあるソーラーパネル状のもので分かりました。首環部分は今までのプラスチック環を溶剤で接着するタイプではなく、ソーラーパネルを首に装着するためだけのような構造で、上下2段になっっていてプラスチックをはめ込んで装着するようです(写真11)。
DSC_6871 c480
写真 11 首のソーラーパネル

 標識鳥のようだけれどもこれまでのタイプとは違うのでさらに観察していてようやく左脚の赤色プラスチック脚環と右脚のアルミの脚環を見つけました。赤色脚環には32という番号が刻印されていました。アルミ缶は、今まで見てきたものの半分の幅で番号も非常に読みにくく何とか『…195502…』というのは読み取れました(写真12)。
DSC_6576 c480
写真 12  右脚のアルミNO環

 でもこの番号は現場では双眼鏡でも読み取れず画像処理の段階で何とかここまで読み取れたものです。
 最初の首環標識とその次の世代のものまでは、装着国を表す着色プラスチック環に番号を刻印していました。それを白鳥観察者がプラスチック環の色と番号を報告して、移動経路などがプロットされていました。その後電波発信機によって位置情報は人工衛星を通して得られるようになりました。でも白鳥観察者による位置確認も可能なように番号が刻印されていました。ところが今回のものは少しタイプが違うようです。首環では装着国や番号も分からないのです。
 ちょっと違う標識鳥のために日本白鳥の会事務局に問い合わせた所、各国の研究者が独自に標識を装着して研究している方もおられるので、山科鳥研に問い合わせてみて下さいということでした。
 小型のソーラーパネルを装着して、人工衛星を活用した独自の調査も行われているようです。これまでとは違ったタイプの標識を装着した白鳥個体に対してどのような対応をしていったら良いのか、覚えておく必要もあるようです。
 でも従前通り行われている標識鳥を発見した時には、山階鳥類研究所に連絡して下さいとのことでした。

追伸
この標識鳥のことをこのブログに掲載した所、ブログを見て下さった方からの連絡で、この標識鳥の詳細が分かりました。このNO32の標識鳥は、2016年8月3日に極東ロシアのコハクチョウ繁殖地付近のチャウン湾で捕獲され着標したとのことです。その後サハリン北東部での10月17日を最後に発信機からの情報が途切れていたそうです。日本に飛来して木間塚まで来ていました。脚環の番号も非常に小さくてなかなか発見しにくいかも知れませんが、見つけた方は是非情報を教えて下さい。

⑤ まだナマリ中毒個体がいる…

 木間塚で久しぶりにナマリ中毒症状を示すオオハクチョウを観察しました。
 ナマリ中毒というのは、狩猟等で使用した散弾銃の鉛玉が、池沼等の水底に沈んで白鳥がそれを泥と一緒に体内に取り込んだために起こる中毒症状です。泥と一緒に砂嚢に取り込まれた鉛玉が、砂嚢で摺りこなされて体内に鉛の成分が取り込まれます。そのためにナマリの毒が体内に蓄積されて起こるものです。白鳥の場合ナマリ中毒になった個体は、群れを離れて、1羽で葦の中などに隠れるようにして過ごすようになるようです。そして症状がひどい場合、体が黄色味を帯び、クチバシを時々パカッと何度も開けたり、苦しそうに首を曲げ、何かを吐き出しそうにする動きを見せる。
 日本ではナマリの散弾を使用して狩猟を行うことは禁止されたので、ここ10年間ほどは、ほとんど見かけなくなったので良かったと思っていたのだが…。白鳥が渡ってくるサハリン等の湖沼で体内に取り入れたのだろうか。鉛玉の使用は、ロシアではどうなのだろうか。
 ほとんど見かけなくなったナマリ中毒の症状を示す白鳥、それが、ここ木間塚で採食への飛び立ちを観察している時、岸辺の葦の中に1羽だけ白鳥がいるので?と思って観察していたら、今述べたようなナマリ中毒特有の行動をとっていました(写真13)。
DSC_0225 c480
写真 13 岸辺の個体

 ナマリ中毒の場合、個体を収容して胃の洗浄を行わないと助からないと聞いていたが、自分としては何もすることはできない。
 まだ少し動いて採食しようとするように葦の外側には出てきたが、やっぱり採食することはできないようで、岸辺に背を向けるようにじっとしてナマリ中毒特有の行動を示している(写真14)。
DSC_4319 c480
写真 14 岸辺を背にするナマリ中毒個体

 首を苦しそうに動かして吐き出そうとする動きはまだ見られた(写真15)。
DSC_4307 c480
写真 15 嘔吐しようとする動き

 翌朝、気になって同じ場所やその近くを捜してみたが、姿は見られなかった。もちろん飛翔できるような状態ではなかったので飛び去ったことは考えられない。
 1羽だけ群れを離れてひっそりとするという行動は、他の野生動物でもあるということは聞いていた。己の死期を知って取る行動と思われるこの行動は白鳥も自然界で生きる生き物だということを改めて知らされたようだ。


 ・木間塚橋地点とは

 今回白鳥を観察した木間塚という所は、近日発表される日本白鳥の会で選定した『白鳥の重要越冬地100選』に掲載されている宮城県大崎市の鳴瀬川流域にある(写真16)。_DSC0387 c480
写真 16 河原と白鳥

 その場所のGPSデーターは、北緯38度28分36秒、東経141度7分16秒です。最近の自動車に搭載されているナビは、GPSデーターを入力するとほとんど間違いない精度で案内してくれるので探鳥にはこのGPSデーターを利用することを僕は勧めている。そのため前述した『白鳥の重要越冬地100選』にはその地点のGPSデーターを掲載しているので有効活用して欲しい。
 約50年近く白鳥の生態を観察してきた。白鳥の生態を観察する場所として僕はここ木間塚が、日本で10本の指に入る屈指の観察場所だと考えている。その条件として、

① 白鳥の直ぐ近くで生態を観察できる。
 白鳥の大きな越冬地でも柵があったり立ち入りが制限されている所があるがここでは白鳥と同じ河原に立って観察できる。また木間塚橋の上からも白鳥の飛翔なども観察できてねぐら入りもねぐらからの飛び出しも立体的に観察撮影できる。自己責任でじっくり落ち着いて生態を観察できる(写真17)。
_DSC0394 c480
写真 17 橋の上からの景観

② ここの白鳥は日中でも観察可能だ。
 採食に飛び出す白鳥もいれば間もなく午前中のうちでも戻ってくる白鳥もいる。近隣の人が自由に白鳥に給餌ができることからオオハクを中心に1日中観察できる。また日が高いうちにねぐらに戻ってくる白鳥もいるのでその着水や水浴びの様子等も観察できる。

③ オオハクもコハクも観察できる。
 伊豆沼・内沼も生態観察の場所としては良い条件を備えているが、伊豆沼・内沼は観察できる白鳥がほとんどがオオハクです。それに対して数十キロしか南でないここ木間塚では、コハクが70%程度ですが、オオハクも30%ほどおり両方の生態観察が可能なのです。
 『白鳥の重要越冬地100選』に選定されている場所が宮城県で16ヶ所あるが、鳴瀬川では木間塚の上下流でもあちこちにねぐらがある(写真18)。
_DSC0405 c480
写真 18 上流部のねぐらの様子 

 木間塚では、環境省発表の全国一斉ガンカモ生息調査でここ10年間にオオハクが年平均338羽、コハクが733羽とほぼ毎年1,000羽近くの白鳥が木間塚で越冬している。ここでも降雪はあるが、積雪で数日にわたって採食出来なくなることはほとんどない。したがって越冬地としても好適地だと考えられます。

・額のラインの変化

 これから述べることは木間塚とは直接関係ない。でも少し気になることなので述べてみたい。
 先日白鳥を観察している友人から写真19のような写真が届けられ、これはオオハクのブラックネブタイプではないですかと尋ねられた。
DSC_2512 c480
写真 19 オオハクのブラックネブタイプ?

 以前にブログでオオハクのブラックネブタイプはまだ日本では確認されていないのですが…と発信した。確かに写真をよく見ると嘴峰の黒色部が額まで届いているように見える。ただ気になったのがこの個体が幼鳥であることと額の羽毛が少し嘴峰中央部近くまで延びてきていることだった。幼鳥のビルパターンは成長と共に変化する傾向があるのだ。
 そこでこの機会に、オオハクとコハクの幼鳥と亜成鳥・成鳥の額のラインの変化の様子を調べてみることにした。 まず手始めにこのオオハクを実際に観察するために伊豆沼まで出かけた。この幼鳥は、成鳥2羽と幼鳥3羽の家族群の1羽でした。親のビルパターンを見ると写真20でした。
DSC_2432 LとR c480
写真 20 親のビルパターン

 この写真でも分かるようにこの両親もごく普通のイエローネブタイプではなく、嘴峰上部の黒色部分が若干Y字状になっているようです。白鳥は親のビルパターンタイプが若干遺伝する傾向があるので、おおよそ予測ができました。ちなみに同じ家族群の幼鳥のビルパターンを見てみるとその内の1羽のビルパターンは写真21でした。
DSC_2522 c480
写真 21 もう1羽の幼鳥のビルパターン 

 親と幼鳥のビルパターンを比較してみるとやはり黒色部がY字状になっていて、幼鳥の場合詳しく観察するとY字状の中の部分に羽毛が生えていたり羽毛痕が確認できる。このことからも写真19の幼鳥は、オオハクのブラックネブタイプではないと言えそうだ。  この2羽の幼鳥の場合、額の羽毛域が、少し嘴峰部分に入り込んでいるように見える。このY字状の中に入り込んでいる羽毛域が成長するにしたがって黄色の皮膚の部分になって、やがて親鳥と同じイエローネブタイプになるものと推測される。ただ、イエローネブタイプでも額の部分に黒色部のあるブラック・イエローネブタイプになる可能性は今のところ否定できないと思われる。
 オオハクのイエローネブの場合海外の文献によると額の部分に黒色部があるブラック・イエローネブと黒色部分のない、ごく普通のイエローネブというようにより細分化されているようです。 

 ・オオハクの額ラインの変化
 これまで撮り溜めてあるオオハク別個体の写真を使って幼鳥・亜成鳥・成鳥について額のライン部分の変容の様子を調べてみた。
 写真22は、12月の幼鳥でやはり額の部分の羽毛域が嘴峰中央部付近まで伸びている。
DSC_2323 12月19日 c480
写真 22 12月19日の幼鳥

 多くの幼鳥では、前述したY字状の個体と同様に額のラインは、嘴峰中央部分にまで入り込んできているようです。写真23は、別個体ではあるが4月下旬の飛去直前のものです。
DSC_5305 4月21日 c480
写真 23 4月21日の幼鳥

 くちばしの黄色は鮮明になってきているが、まだ羽毛域が嘴峰部分に入り込んでいる。また入り込んでいる羽毛域の羽毛の色は白い成鳥羽に生え替わりつつあるのが分かります。写真24は、生まれて2年目の12月でまだ頭頂部に灰色の幼羽が見られる亜成鳥の時期のものです。
_DSC7710 12月24日 c480
写真 24 12月24日の亜成鳥

この頃でも額部分の羽毛域がまだ嘴峰部分に入り込んでいる個体もいるようだ。写真25は、3月の亜成鳥です。
DSC_4828 3月4日 c6480
写真 25 3月4日の亜成鳥

 頭頂部に幼羽が若干見られるが、嘴峰部分への羽毛域の入り込みが後退して額のラインは少しずつ成鳥のような曲線になってきているようです。ちなみに写真26も3月の亜成鳥のものですが、こちらの方は、成鳥のように額のラインが曲線になってきているようです。
DSC_6509 R 3月10日 c480
写真 26 3月10日の亜成鳥

 やはり個体差が相当あるのかも知れません。写真27は、幼鳥を連れていた成鳥のものです。
DSC_3699 1月29日 c480
写真 27 1月29日の成鳥

 こうやって見ると額のラインの形状によって、オオハク成鳥の年齢的なものも案外分かるのかも知れないというのが今思った感想です。人間の額部分の頭髪も年齢によって後退していくようですが、同じようなことが言えるのかも知れないと思ったのです。


 ・コハクの額ラインの変化

 次に同じようにコハクの場合についても調べてみました。
 写真28は、日本に飛来直後、10月6日の幼鳥です。
DSC_4453 10月6日 c480
写真 28 10月6日 渡来直後の幼鳥

額の部分もくちばしもまだ汚れていなくてきれいだというのが感じられます。額の羽毛域もオオハクと同じように嘴峰部分に入り込んできているのが分かります。写真29は、ブラックネブタイプの幼鳥のようで額の羽毛域も嘴峰部分の黒色部にも入り込んでいます。DSC_5609 1月25日 c480
写真 29 1月25日の幼鳥

 そのために額のラインもオオハクと同じように少し尖っているようにも見えます。写真30は、生後2年目の亜成鳥で日本渡来直後10月のものです。
DSC_4471 10月6日 c480
写真 30 10月6日の亜成鳥

まだ額の羽毛域が嘴峰部分に入り込んでいる状況が読み取れます。写真31は、12月の段階のものです。
DSC_0644 12月24日 c480
写真 31 12月24日の亜成鳥

 幼鳥時とは明らかに違いますが、まだ額の羽毛域が少し嘴峰部分に入り込んでいる額のラインを読み取れます。亜成鳥の段階になると幼鳥の時のように額の羽毛域が明確に嘴峰部分に入り込んでいる個体は見られないようです。
 写真32は、3月の亜成鳥です。
_DSC2846 3月3日 c480
写真 32 3月3日の亜成鳥

 額の部分の羽毛の生え際もしっかり固定してきているようです。今にも生えてきそうな羽毛痕は見られなくなっているようです。ただ、まだ額のラインは、少し尖っているような感じが読み取れます。写真33は、成鳥として飛来後、12月のものです。
DSC_1374 12月25日 c480
写真 33 12月25日の成鳥

額のラインもほとんどコハクチョウのきれいな曲線になってきています。

 オオハクとコハクの額のラインの状況を段階的に見てきたが、その曲線が安定してくるのは、3年目以降の成鳥の段階に入ってからのようです。ですから、幼鳥の段階では、白鳥のビルパターンタイプを判定することは無理があり、その後に変化する危険性があることは言えるようです。

 ・気になること
 オオハクとコハクの額のラインを調べてきて少し気になったことがあります。それはコハクやアメコとナキハクチョウの識別をする時に額のラインの形状でも行うということです。
 要するにコハクの額のラインは、曲線状だが、ナキハクチョウの額のラインは直線状で少し尖っているということでも識別できるということでした。僕もそう聞いていたし、僕の観察したナキハクチョウの額のラインも少し尖っていました。
 ナキハクチョウ自体の日本への飛来が極端に少なく、数年に1羽が確認されるという状況です。そのためにナキハクチョウの額のラインの確認には、現状では相当困難があります。
 そこで、これまでナキハクチョウを確認し写真撮影した人にお願いです。是非ナキハクチョウの額のラインがどのようになっているのか教えて欲しいと思うのです。ナキハクチョウの額のラインもコハクのように曲線なのかも知れないのです。このブログを見た方でナキハクチョウの写真をお持ちの方は是非確認をして教えて下さい。

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑤ 飛び立ち

白鳥の こ・そ・あ・ど ごと  ⑤

飛び立ち

 バードウォッチャーは、木の枝に止まっている鳥が排泄をするとそれは飛び立つ前の行動だと理解している人が多い。要するに排泄は間もなく飛び立つことを示しているから近づくことにもより一層の注意を払う。水鳥の多くは、排泄孔が水中にあることからその飛び立ち前の排泄という前兆行動を捉えることは少し注意が必要だ。

白鳥も排泄は飛び立ちの合図

 氷上から飛び立とうとする白鳥の場合、飛び立ち前の排泄(この場合は糞と尿の両方を指す)行動は、良く注意していると観察することは案外簡単に可能だ(写真1)。飛び立とうとするまさに直前に写真のように排便をすることもあり、その次の瞬間にはもう翼が上げられている(写真1下)。
飛び立ち脱糞  c480
写真1 脱 糞

 ただ、白鳥も水面からの飛び立ちの場合は、前述したように総排泄孔は、多くの場合水面下にあって余程運が良い時には観察できるが、なかなか見ることはできない。
 ※総排泄孔…白鳥は、糞と尿を分別したり一緒に排泄したりするが、排泄する器官は1つしかない。そのためにその排泄孔は総排泄孔と呼ばれている。

排泄中・後 c480
 写真 2 排 尿
 写真2は、飛び立ち前の頭の上下動と一緒に、尿と思われる排泄が行われている時(写真2上)とその直後の総排泄孔が閉じた状態の写真です(右側の円内をよく見て欲しい)。
総排泄孔が水面下にある場合、排泄行動を観察することはできないが、排泄直後と思われる行動で、たった今排泄が行われたと推測することはできる。それは、白鳥は排泄した後に、尾羽を左右に振ることが多い。排泄直後の尾羽を左右へ振る動作を観察したら、間もなく飛び立つと考えていい(写真3)。
拝尿後の尾羽振り c480
 写真 3 排尿後 尾羽の左右への振り

 ただ、群れで飛び立つ白鳥の場合、飛び立ち前の頭の上下動で、飛び立ちの意思統一ができなかった時、やり直しがあるので排泄行動が飛び立つ前の前兆でなくなることもある。
 水面からの飛び立ちを前もって感知するには、頭の上下動と共にこの尾羽の左右振りも大きなポイントになる。ただ、排泄が必ずしも飛び立つ前だけでなく、飛び上がりながらの放尿や糞が落下せずに排泄孔にぶら下がったままで走り出すことも結構見かけることも多かった。

胸前波は、両足(両蹼足)キックで

 多くの白鳥ウオッチャーにとってどうでも良いことなのかも知れないが、どうにも気になっていることがある。それは、水面から飛び立つ時に、良く気をつけていると両翼を頭部の高さまで持ち上げた時に見ることができる胸前波のことです(写真4 点線の中)。
胸前波 c480 
 写真 4 胸前波

何故この波が生じるのかということなのです。
 飛び立とうと水面を進んできた時の白鳥の胸の前に、この波を見ることはできません。この胸前波は、翼を少し上げたその一瞬にだけ見ることができるのです。

DSC_2963 c480
 写真 5 胸前波あり(左)   波無し(右)
写真5で、同じ水面を飛び立ちのために進んできた2羽の白鳥でも、翼をより高く上げた方の白鳥にだけ、この胸前波は見られます。 また水面を急いで移動する白鳥の胸の前にも波はできます。でも写真に見られるような瞬間的にできる波形ではありません。 蹼足(水かき)で水をかきながら水面上を進んでくる時は、通常恐らく片足ずつ交互に水をかいて進んできていると想像しています(水中のことなので現段階ではまだ解明できていません)。そして、飛び立とうと翼を持ち上げ、両方の水かきで同時に水をかいた時にこの瞬間的な波形の波が生じていると考えています。人間の場合は、2本の足で体を支えているので、スタート時の両足キックは不自然さとダッシュ効果はあまりないと考えられます。白鳥の場合、体は、水(面)によって支えられています。従って片足よりも両足(両蹼足)で力強くキックして、さらに強力なエネルギーを得ることが可能なのです。人間でも水中では、平泳ぎやバタフライというように両足でキックができます。
 白鳥が飛び立つために体を水面に立ち上げる時の力(エネルギー)を得るためには、どう考えても両方の水かきでキックしているように思えるのです。その瞬間的な両足水かきのキックで、鋭い感じのこの胸前波が生じていると考えている。
 水中のことでもあり、その両蹼足キックの行動はまだ観察していないので、これはあくまでもこれまでの観察や状況確認からの僕の推察です。
 飛び立つ時のこの両水かきキックで水面上に体を持ち上げます。そして次に尾羽を意識的に水に入れて水面を走り出すのです。

体の浮上は尾羽を水中に  
 
 水中での両足キックと翼で体を水面に持ち上げるエネルギーは獲得できました。次は、羽ばたきと水面の走り出しで飛び上がるためのエネルギーを獲得しなければなりません。この走り出しの段階で白鳥は更なる行動に出ます。それは、水面上に出た尾羽を意図(意識)的に水中に差し入れるのです。この尾羽を水中に差し入れる動作は、水面を走り出してほぼ数歩の段階までです。走り出して、飛び上がるスピードが十分に得られたと思われる段階では、尾羽は体と同じように水平に保たれています。水面から飛び立つ白鳥のほぼ全ては、この尾羽の水中差し入れを行っています(写真6)。
尾羽の差し入れ 480
 写真 6 尾羽を水中に

 では、何故この段階で白鳥は、意識的に、いや、むしろ無意識的に尾羽を水中に差し入れるのだろうか。この尾羽の水中差し入れは、無意識的に体が覚えているのだと思う。人が転びかけた時に、反対の足を出さなければいけないと考えて足を出すのではない。無意識的に足を出したり手をつこうとしている。それと同じなのではないのだろうかと思う。
 勿論この段階で尾羽を水中に差し入れることが飛び上がるために水面を走り出すのに有効だからそうするのだと思う。
 走り出しているのに尾羽を水中に入れることは、前方に進もうとすることにブレーキをかけていることになる。この段階で敢えてブレーキをかけると、体は水平になりつつあるのに、体を斜め前方に立ち上げて、風をより強く受けることになる。だから尾羽を水中に差し入れることは、この風をより強く受けて、体を浮上(浮力)させる働きをさせようとしていると考えられます。勿論、尾羽を水中に差し入れるのは浮力を得るのではなく、羽ばたきによって得られる推力をより効率的に獲得できるように体を傾けるためだと考えられます(写真7)
尾入れ走行 c480
 写真 7 尾羽を出して走る

 尾羽を水中に入れるのは、例えが適切でないかもしれないが、乗馬をしている時に前に進もうとする馬に対して手綱を引いて引き留めようとすると馬はどうしようもなく後ろ足で立ち上がる。このように前に進もうとする物に対して引き留めようとすると体は立ち上がる。このことを白鳥は体得的に身につけているのではないかと考える。残念ながら傷病白鳥から生まれた幼鳥の初飛翔は観察できなかった。従って白鳥がこの尾羽を入れることを遺伝的に獲得しているものかどうかまでは分からなかった。

飛び立つ白鳥の行動   

 飛び上がろうとする白鳥のほとんどは、風向きや周辺の危険、障害等を考慮して慎重にその場所を選択する。
 飛び上がる場所選択で一番重要なことはどうやら風向きのようです。小鳥でも電線には、いつでもすぐに飛び上がれるように風上を向いて止まる。白鳥の場合は、刻々と変わる風向きに対応して池の西側に行ったり南側に行ったりと動き回ることは珍しくはない。それほど走り出しに、風は重要なようだ。
 いったん飛び上がる場所が決まった時、ほとんどの場合風向きに対して一番前に位置した群れから飛び立っていく。ただ、越冬中で採食場所に急いでいる場合には、そうでない時もある。また、飛び上がる場所へ次々と集まってくる白鳥たちに向かって飛び立っていかなければならない状況も生じてくる。要するに走って行く水面上に障害となる白鳥がいることもある。
 走り出した白鳥は、その前に白鳥がいる場合、曲線を描くように走って避けながら飛び上がっていく。でも白鳥が沢山集まっている場所ではそうすることも出来ない場合がある。走ってきた白鳥を確認した時、水面上にいる白鳥は、頭を下げて衝突を避ける行動をとる(写真8)。
DSC_8821 c480
 写真 8 頭を下げて回避

白鳥同士がぶつかった場合双方とも怪我をすることになるので両方がまず回避行動をとる(写真9)。
_DSC6649 c480
 写真 9 逃げて回避

それでも避けきれない場合は、飛び上がっていく白鳥が、水面上の白鳥を跨いで行ったり、その体を水面代わりに踏み台にして飛び上がって行くこともある(写真10・11)。
DSC_0233 c480
 写真 10 飛び越えていく

DSC_5303 c480
 写真 11 踏み台にして

 この状況で面白い行動を観察することもある。それは、飛び上がっていく白鳥に首を伸ばして、噛みつこうとしていると思われる行動です(写真12)。
噛みつき行動 c480
 写真 12 噛みつき行動

よっぽど飛び上がっていく白鳥を苦々しく思っているのか、あるいは目覚めたばかりで、気持ちが高ぶっているのだろうか。
 水面にいる白鳥に対しては、回避しながら走って行く白鳥でも同じ水面にいるカモ類には特に配慮しているような様子は見られない。水面にいるカモは眼中に入らないとでもいうように、委細構わず走って行く。そのために身軽なカモの方が、水面に潜ったり飛び上がったりと避ける行動をとる。こんな白鳥の行動を見ていると案外横柄なんだなと思ったりもする。でもそれが自然界なのかも知れないと納得したりもする。


飛び立ちと翼の動き 

 鳥類は翼の上下動で飛翔をするが、白鳥の飛翔における初列風切と次列風切については、このシリーズ2『初列風切と飛翔』で述べた。ここでは白鳥が飛び発つ時の翼の動きについて合成写真を元に述べる(写真13)。
合成画像 前方・後方 c480
 写真 13 飛び立ち (合成写真)

 白鳥が飛び立つために水面を走り出す時、飛翔時と違うのは、翼をまず高く大きく振り上げる。その時、翼全体の上面が前方からよく見える。これは翼を斜め後方に振り下ろそうとしていることの現れだと思う。飛翔時、前に進む力(推力)は、初列風切によって生み出されていることは前述した。しかし走り出しの時には、初列・次列風切も含めて翼全体で推力を生み出そうとしている。両方の蹼足(水かき)で水を蹴って、水面に立ち上がり、翼を振り上げ、翼全体で推力を生み出している。
 でも、合成写真で分かるが、2回目・3回目と振り上げる翼の高さはだんだん低くなってきている。これは水面を走り出すことによる推力(前進力)が大きくなっていることの表れだと思う。前進力がつくと共に初列・次列風切とも、その風切本来の役割を果たそうとしていることの表れでもあると思う。その証拠に、後方から見た合成写真(写真13下)では、初列風切以外の翼の下面はほとんど見ることができない。
 飛び立ちのために走り出す第1歩の時に振り下ろした翼は、初列風切(P10)の前縁を上げ、空気を取り入れると同時に前方に回転するように下げられる。そして次の段階では、初列風切の後方を上げて空気を押し出すように後方に抜いている。この動きによって翼で推力を生み出しているのだ(写真14)。
飛び立ち・翼 c480
 写真 14 翼の前縁部

 飛び立ちのために水面を走り出した集団の写真を見ると翼を上下動させる時に初列風切と次列風切の動きは、どの個体の動きを見ても全く同じだと言うことも読み取ることが出来る。

_DSC0194 c480
 写真 15 羽根の色々な動き
 写真15の左側の白鳥は、翼角を上げて空気を翼の下に取り込もうとしている。また中央に位置する前後2羽の白鳥の初列風切は、後方からその下面が見えて空気を後方に押し出し、抜いていることが分かる。右側の2羽は、後方に空気を押し出した初列風切を元の位置に戻し、そのまま翼を振り上げる準備に入っていることが分かる。
 このように白鳥は、飛び立とうと水面を走り出そうとした時から、翼の初列風切を使って推力を得たり、次列風切の位置を確定して揚力を確保しようとしている。

飛び立ちと危険    

 白鳥が飛び立つ前に何度も周囲を見回し危険を回避しようとする。しかし目で安全を確認しても自然界には、別な危険も存在している。
 越冬する白鳥にとって、避けきれないものは北西からの季節風だ。越冬地の環境にもよるが北新保大池(村上市)は、その立地条件が良いとも最悪だとも言える。良いと言えるのは、越冬時の餌となる落ち穂が沢山ある新潟平野がすぐ近くにあり採食場所が近い。海岸線に近いが北と西側には防砂・防風林があって北西の季節風を防いでくれる。ただ良い面だけではない。この防砂・防風林が危険を生み出しているとも言える。
 白鳥はほぼ毎日採食にこのねぐらを飛び出していく。その飛び出しの時に、強い北西の季節風が吹いているとちょっと状況が変わってくる。白鳥も風上に向かって飛び上がるが、強い季節風でも水面にいる時にはこの防風林があるために然程強いとは感じられない。採食に飛び上がって、林の上まで上がると強い季節風をまともに受けることになる。そのため白鳥の多くは、林の上空に近くなると風を感知し、それを回避して、左右に飛翔方向を変えながら何とか飛び上がっていく。しかしその強風に対処できない白鳥もいる。強風に対処できない白鳥は、風に押し戻され、飛翔するための速度を確保できずに水面に叩きつけられることもある(写真16)。
               水面に叩きつけられる c480
               写真 16 強風落下

水面というと柔らかい感じにも見えるが水泳の高飛び込み等で入水角度を誤るともの凄い衝撃に遇うという程、固いものであるという。
 強風だけが危険なのではない。飛び上がっていく前方に電線等がある時でもその電線に直前になって気付いて、回避しようとして急旋回をすると失速して地上に落下ということにもなる(写真17)。
_DSC5512 c480
 写真 17 失速落下

また衝突しなくても良いのではないかと思われる橋等に直接衝突したというのも3回程目撃をした(写真18)。
DSC_6518 c480
 写真 18 橋桁に衝突

白鳥のクチバシと目の位置関係から水平な橋桁を見つけることができなかったのか、橋桁の色彩が同色系で空に溶け込んで衝突したのかは分からないがそんなこともあった。


上昇角度       

 白鳥が、つがいや群れで飛び上がっていく時に上昇する角度は、まるで打ち合わせてでもあるようにほぼ全く同じということが多い。写真を見るとそのことがよく分かる。集団で上昇していく白鳥を線で結ぶと向きや角度がほぼ一直線である(写真19)。
DSC_1048 c8480
 写真 19 上昇する群れ(一直線)

白鳥たちは、その時の風向きや風の強さを読んで飛び上がる最適な角度を体感的に感じているのだろう。 白鳥の飛翔方向や飛翔角度は、どうやら頭部と長い首で舵を取っているように感じる。当然ではあるが、上昇する時はクチバシを飛翔していく上方に向けて、角度もクチバシの角度と一致している(写真20)。
DSC_2700 c480
 写真 20 同じ角度で上昇

ただ上昇角度は、ねぐらとしている池や湖沼・河川など周囲の環境によって異なる。広い幅のある河川などでは、水面から飛び上がっても長い距離を水平飛翔して、ある場所に到達するとそこから上昇していくということが多い。また、余り大きくない池や周囲を林に囲まれている所からの飛び立ちは、水面からの飛び上がりも急角度に行っている。またつがいや群れが、旋回していく方向も阿吽の呼吸で分かっているか、飛びながら会話をしているのか 決まったように同じ方向に取っていく(写真21)。
DSC_5090 c480
 写真 21 同じ旋回角度



飛び出しと首の角度

 同じようなことではあるが、水面から走り出す時も同じ群れでは首の角度がほとんど同じようだ(写真22)。
_DSC6969 c480
 写真 22 首の角度が同じ

勿論写真で判断する場合、撮影した段階で尾羽が水中にあるか水面上かでも違う。
 飛び立つために水面上で頭部の縦振りを開始し始めた時には、首と水面はほぼ垂直であるが、尾羽を水面から出して水面上を走り出した時には首はおよそ度30°程の角度に保持されているようだ。これが飛び出しの時の首の角度で、その後水面の広さや周囲の障害物の有無によって上昇角が決められてくるようだ(写真23)。
走り出し角度 1 480
 写真 23 



走行跡(せき)を読むと…   

 走行跡(そうこうせき)とは聞き慣れない言葉ではありますが、白鳥が飛び立つ時、水面上に残る走って行った跡のことです。走行跡を読むには、水面を走って行く白鳥を少し高い位置から俯瞰できる場所でないとちょっと難しいかも知れない。白鳥の飛び立ちを橋や土手・建物の上から見ることができる場所が最適だと思う。
 白鳥の日常的な行動は、基本的に2羽(ペアー)ですが、2羽でも飛び上がる時は前方の障害物がより少ないところを選んで直線的に飛び上がっていく。2羽の飛び上がりは、走行跡も線路のように同じ幅の平行な跡が残るだけで走行跡を読んでも何ら面白くもない。ところが、3羽4羽とより多くの羽数の群れで飛び上がった走行跡は、興味ある様相を呈している。じっと観察していても走行跡を読むことができるが、連続的に写真に納めてみると飛び上がっていく白鳥の気持ちが読み取れるような気がしてくる。
 飛び上がろうとする群れに多くの白鳥がいる場合でもまず最初に飛び上がろうと翼を上げるのはほぼ1羽か2羽です。ここまでは何の興味もない。しかし、群れの大きさにもよるが、3羽目、4羽目とより後に飛び立とうと走り出した走行跡にその白鳥の気持ちが読み取れる。最初に走り出した白鳥はほぼ直線的に走り出す。したがって彼らは何も考えることもなく走り出せるだろう。ところがその後に走り出した白鳥は、その前方に走り出した白鳥を避けるようにほぼ全部が全部、外側へと曲線を描きながら走り出していく(写真24 ③白点線の個体)。
DSC_1242_1258 文字入り c480
 写真 24 

 観察者の僕から見れば、最初に飛び出した白鳥よりも遅れて飛び出しているのだから追突する危険性はほぼないと思われる。しかしながら続いて飛び出す白鳥の遅れまいとする気持ちと精神的に安全距離を保とうとする気持ちが回り込みをさせているのかも知れない。

DSC_2116_2118 矢印入り c480
 写真 25
 写真25の上の写真で点線○で囲んだ左右の2羽の走行跡を読んでみると走りながら水面上にいる白鳥を避けながら走っているのが読み取れる。
 写真26の走行跡を読んでみて……。どんなことが読み取れますか。            
                         DSC_1885-1888-1892-1894-1895 c480
                        写真 26(写真は下から上へと連続的な写真)

飛び上がりに遅れた個体 

 白鳥が飛び発つ時には、一緒に飛び立とうとするつがいや家族が飛び立ちの呼吸を合わせるように、頭の縦振りをして行くことは前述した。ところが、少し大きなねぐらになると時にはとても大勢の白鳥が一斉に飛び立つことも時々ある。 そんな時に、この飛び立ちの呼吸を合わせたはずなのに水面に取り残される白鳥が出てくる。こんな時に、水面に取り残された白鳥の中には、水面で翼を小さく振るわせながら、まるで「帰ってきて!」とでも言うように鳴いている白鳥を見かけることが時々ある(写真27)。
DSC_4036- 5155 c480
 写真 27

あるいは、空を見上げながら飛び去った相手に呼びかけて水面を動き回る白鳥を見かけることもある。飛び立ちを観察している者からすれば、直ぐに飛び上がって追いかければ良いものにと思うが、追いかけて飛び上がっていくような素振りの白鳥は見かけたことがない(写真28)。
DSC_7500 c480
 写真 28

それよりも興味があったのは、その声が聞こえたのかも分からないが、飛び上がって行った白鳥が水面に戻ってくることが結構あるということです。この戻ってくる白鳥のことについては、次項のラブリング行動の中で詳しく述べるが、ここでは水面に残された白鳥の翼を小刻みに振るわせて鳴く白鳥のことについてもう少し述べてみたい。
 この翼を小刻みに振るわせる行動は、傷病鳥と思われる白鳥が、仲間が北へ旅立ったと思われる時に、空を見上げながら同じように小刻みに翼を振るわせて鳴き叫んでいた行動とほぼ一致している。この時は、脚を怪我をしていると思われる白鳥が、地面の上に座り込んでしまって、飛び去る白鳥を何度も振り返るように見上げながら鳴いていた。飛び去る方の白鳥も飛び去りかけたが舞い戻って上空で呼びかけに答えるように一度だけ旋回して鳴きながらそのまま飛び去ったという状況でした(写真29)。
DSC_9407 9425 c480
写真 29 

 この時は、この白鳥は脚を怪我をしているために飛び上がることができないという状態だったが、あの翼の小刻みな振るわせ方と鳴き交わしの状景は、本当に切ない別れの感情があるようで、今でも耳に残って感じだ。それと水面に取り残された状況は同じだが、どこかしら飛び上がりに遅れた白鳥の場合には、相手に対する甘えがあるように感じられる。残された白鳥の思いは同じなのだろうか?ちょっと違うような気がする。
 飛び立ちという項の題名からは、ちょっとずれてしまったようだが、飛び立ちにはこんな状況もあるようだ。

北へ飛び発つ    

 ここまではねぐらから採食場所へ飛び立つ時の行動について述べてきた。ここからは、繁殖地へ飛び発つ北帰行時の行動について述べてみたい。これまでは採食へ『飛び立つ』と言うことで『立つ』という漢字を使用してきた。ここからは、声問大沼からサハリンへ『飛び発つ』という出発の意味を込めて『発つ』という漢字を使用する。
 日本最北の白鳥中継地『声問大沼(通称稚内大沼)』からサハリンへの飛び発ちも一度は観察しても良いと思う。
 声問大沼からの北帰行といわれる飛び発ちは、4月下旬にピークを迎える。この頃になると日の出は早く4時前で、少し周囲が明るくなり始めると白鳥の動きが出始める。飛び発とうとする白鳥は、少しずつ岸辺を離れ水面上に集まり始める。岸辺を離れたり、近寄ったりを繰り返しているうちに少しずつその動きに加わる白鳥が増えてくる。そのように水面を右に行ったり左へ行ったりしながら細長い集団が形成され、どんどん大きな集団になっていく(写真30)。
水面 右往左往 c480
 写真 30 右に左に移動する集団

日本から離れる時にこのように岸辺に近寄ったり離れたり、別な言い方をすれば水面を右往左往したりしながら飛び立ちの集団を大きくするのは声問大沼だけではなかった。クッチャロ湖の白鳥が北帰行時に飛び発つ拠点にしているポロ沼でも見られた。飛び発ちの集団は、つがいを核にしながらもこのような行動をとりながら何百羽という群れを作り上げていくようだ。
 この集団は、ねぐらとしている湖沼やその地形の状況にもよるが、その日の風向きによって風上に向かったり追い風を受けたりという場合もある。また横から風を受けながらでも飛び発ちの集団を形成する場合もある。
 細長い集団を風上に向かって形成した場合、飛び発ちは、風上の先頭になる白鳥からほぼ順番に次々と飛び発ちを始める(写真31)。
縦線飛びだし c480
 写真 31 縦列集団

ところが横から風を受ける状態で集団が形づくられた場合は、横風を受けているためか細長い塊の集団は、ほぼ一斉に全ての白鳥が飛び発つ(写真32)。
横線飛びだし c480
 写真 32 横列集団

 日常的にねぐらから飛び立つ場合は、集団がそれ程大きくないためか、ほぼ風上周辺の者から順に飛び立つが、北帰行の場合は、その群れが大きいためか少し違った動きが見られるようだ。

プロフィール

最新著作

リンク

FC2Ad


本サイトに掲載されている画像等、全ての内容の無断転載・引用を禁止します。
Powered by ホームページ制作 Ca-style
Copyright © 角田分 オフィシャルブログ All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。