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角田分 オフィシャルブログ

NO.131 満開の桜に366羽のコハクがまだ… 北新保大池  2019年4月17・18日 



 先月の3月3日,4日、北新保大池に観察に行きました。その3日のねぐら入りの白鳥は300羽程までカウントできました。今年は白鳥の北上飛去が、例年よりも1ヶ月以上も早かったので北新保大池の白鳥の動静が気になっていたのにまだ300羽もいるんだと安心していたところでした。その後1月半も過ぎてしまったので北新保大池の白鳥の様子は?ということで4月17日、桜も満開だろうと出掛けてみましたが、途中での小トラブルで到着時間が遅れ、池に到着するのが午前5時半を過ぎていたのでもう朝の飛び出しはもう始まってました。全体的な池の様子が見られなかったので18日は午前2時出発、4時30分には到着して、飛び出し前から白鳥達の様子を観察できました。4時40分には、目覚め直後でそれ程動きが活発でないので白鳥1羽1羽を双眼鏡でカウントしてみると366羽を確認できました。今年の白鳥達の移動の様子も例年通りのようです。
 18日の最初の飛び出しは、日の出前の5時5分に1羽が飛び上がりました。その行動に池の白鳥は鳴き声で反応はしましたが、後続して飛び上がる白鳥はいませんでした。
 今日のブログでは、4月17・18日に観察した中から次の3つについて述べたいと思います。
 1.水面からの飛び立ち行動の詳細
 2.コブ状突起の個体の状況
 3.傷病越夏個体の様子


1.白鳥の水面からの飛び立ち行動の詳細
 ねぐらで一夜を過ごした白鳥は、採食して北上飛去の体力をつけるために日の出前から飛び立っていきます。越冬時期と違って、のんびり水面で過ごしている白鳥は全くいません。ここ北新保大池の白鳥達は、午前6時半過ぎには、ねぐらからの飛び出しは終わってしまいます。今回は、白鳥が水面から飛び立つ時の行動がどのように行われているのかを詳細に述べたいと思います。
 白鳥が水面から飛び上がる時に、ほぼ必ず尾羽を水中に差し入れる行動をして、その後水面を走って離水しますが、その尾入れの時間水面を走っている時間など行動の時間的な長さはどの程度なのか?など詳しく観察してみました。
 水面から飛び立とうとする白鳥は、首を垂直に伸ばして周囲の状況を詳しく観察し安全の確認をします。そして一緒に飛び立つ連れ合いや家族などと頭を小刻みに上下に振って飛び立つ頃合を見図ります。安全が確認されると最初に首を少し後方に引くように曲げながら、翼を少し開き気味に背中よりも若干上の高さで水面とほぼ平行に持ち上げます。この動作が飛び立つ行動開始の第1段階です。この段階では尾羽はまだ水面上に水面と平行に保持されています(写真1)。
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写真 1 (第1段階)

 次に白鳥は、立ち上げている頭部の下くらいの高さまで翼角部分を少し曲げるように持ち上げます。しかしこの時には初列風切の先端部はまだ腰の上に置いたままです。この翼角部分を高く持ち上げた段階を第2段階とします。この第2段階でも尾羽は先ほどよりも少しは下がりますが水面上に保持されたままです(写真2)。
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 写真 2 (第2段階)

 さらに次の第3段階になるとさらに少し上に首を伸ばします。そして翼を持ち上げて両翼の先端部を頭部と同じ高さ程にして開きます。この時、翼下面は左右両側に向けられています。この段階になって初めて尾羽が水中に差し入れられます(写真3)。この尾羽が水中に差し入れられた第3段階を飛び立ち行動が開始された時と仮定します。
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 写真 3 (第3段階)

 第4段階は、体を水面上に立ち上げるように翼を両脇上から斜め前方に振り下ろします。この両翼の振り降ろしは、翼の動きを写真で見ると体を水面上に立ち上げるためのもので、空気を両翼で包み込んで水面に押しつけているようにも見受けられます。こうすることでより容易に体を水面上に持ち上げることができるのだと考えられます。そしてこの段階で初めて水面上に脚が持ち上げられ第1歩を踏み出します。勿論この段階では尾羽は水中に差し入れられたままです(写真4)。
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 写真 4 (第4段階)

 羽ばたくことで体を前方に移動させようとする動きに対して、尾羽を水中に差し入れることは、前方に進むことに対するブレーキの働きをすることになります。このブレーキの働きによって体を水面上により容易に立ち上げる役割を果たしていると考えられます。この時、前方に伸ばされた頭部・首・体の線は、水平面と約45度程度に保持されています。この角度は、前方からの空気の流れを効率的に獲得できる角度で、体を水面上に持ち上げ、前進するスピードを獲得するのに最適な行動だと考えられます。そのために敢えて尾羽を水中に差し入れているのです。
 その次の第5段階になると飛び上がるためのより速いスピードを獲得するために両翼がさらに高く上まで伸ばされ、強い振り降ろしと両脚での水面の走り出しが繰り返し行われるようになります。この第5段階でも尾羽は水中に差し入れられたままです。まだ飛び上がるための速さを獲得できていないのです(写真5)。
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 写真 5 (第5段階)

 第6段階は、水面を繰り返し同じ動作で走ることにより、飛び上がるための速度がある程度獲得され、体が水面上に完全に持ち上げられます。この時点になると首・体と水面との角度がより小さくなり、尾羽も完全に水中から持ち上げられています。飛び立ち行動が開始されたと仮定した第3段階の写真3から第5段階までの写真5と比較してみても水面上での角度が小さくなっていることが読み取れると思います。不自然な状況に曲げられて水中に差し入れられていた尾羽が、ほぼ首と体の線と一直線になっています(写真6)。体を水面上に立ち上げ、より効率的に風を受けるために水中に差し入れられていた尾羽の役割はこの段階では終えています。
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 写真 6 (第6段階)

 飛び立つための第7段階は、水面を走っていた両脚も飛翔するための速度獲得の補助的役割を終え、 翼にその役目をバトンタッチして翼の上下動だけで飛び始めた段階です。水面を走っていた両脚が、飛翔時に見られる尾羽下の定位置に持ち上げられ収納された段階で飛び上がりのための動作は終了したものと判断しました(写真7)。
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 写真 7 (第7段階)

 尾羽が水中に差し入れられ、飛び立ち行動が開始されたと仮定した第3段階からこの両脚が尾羽下に収納される第7段階までの所要時間は、これまでの十数例の連続写真による時間計測によると観察した範囲内で最短が8秒で、最長は14秒でした。要するに白鳥が水面から飛び立つために水面を走行している時間は、ほぼ10秒程度のもので、さらに尾羽を水中に差し入れていた時間は、ほぼ2秒程度で最大でも4秒程度でした。
 この時間の長短は、白鳥の体重や風向それに飛び上がる時の獲得した風力との関係の違いとも思われます。白鳥の飛び立つよりよい写真を狙っているカメラマンは、この10秒程度の時間に命をかけていることになります。この飛び立ちを分析してみると白鳥達の飛び立つ時に行われる細かい動き・行動にもきちんとした理由があることが分かりました。
 いずれにしても白鳥が飛び立つための時間は、オリンピック選手が100mを駆け抜ける時間よりも若干長い程度の時間のようです。

2.この時季には毎年コブ状突起のコハクが観察されます 
コブ突起 A~D c480
 写真 8 (A~D)

コブ突起 E~H c480
写真 9 (E~H) 

コブ状突起確認個体 20190418 C480
 写真 10 (I~L)

 今年もこの季節になりコハクのコブ状突起の個体が確認できました。昨年の3月にも今シーズンの10月にもこの場所で確認していることから渡りの時期に見られる個体だと考えられます。越冬期間中の観察ではここ北新保大池ではコブ状突起の個体は確認できていません。ですから北新保大池(御幕場大池)よりも以南のどこかで越冬してきたものだと考えています。今年は写真A~Lのように12個体を確認できました。A~Hまでは、3月3・4日にI~Lまでは4月18日に観察した個体です。ビルパターンを見ても同一個体ではないことがわかります。
 このコブ状突起の個体は,日本の越冬地の何処かで一冬を過ごしてきてこの時季にここに立ち寄っていることは分かります。何処で毎年のように越冬しているのでしょうか。おわかりの方はおられません?よろしかったら教えて下さい。
 このコブ状突起の個体の問題としてまだ解決されていないことが、コブ状突起が病気として生じている突起なのか遺伝的形質として継承されている突起なのかはまだ明らかにされていないことです。
 病気としての症状なのであれば、個体のその他の症状として何かが表れても良さそうな感じがするのですが、特に体調不良や変わったような様子も見られません。
 ただ気になっているのは、今年は幼鳥をつれたコブ状突起の家族群が全く見られないことです。家族群が確認されていないということは、伝染性の病気のコブ状突起なのかな?ということも考えたりしているのです。
 家族群だけでなく、このコブ状突起の個体を全国どこかの越冬地で、越冬期間中に確認されている場所はありませんでしょうか。その場所が特定されると渡りの経路なども判明する可能性もあります。別の例ですが、オオハクの頭頂部が真っ平らな群れは、北海道道東のキムアネップ岬で渡りの時期にここ1ヶ所で確認したことがあります。その後、頭頂部が真っ平らな個体を伊豆沼や最上川河口でも確認したことがありました。そのことからある程度渡りの経路を推測することが出来たこともあります。
 今回のコブ状突起の個体も木間塚(大崎市)でも確認したことがありますので、日本海側と太平洋側に渡来経路があるだろうと云うことも推測できています。このコブ状突起の個体の越冬地はどこなのかな?もう一つ遺伝なのか病気なのかも知りたいところです。どなたかご存知の方はおられませんか?

3.この時季は傷病越夏個体にとって酷な時かも・・・・。

 ここ北新保大池には、額羽毛形状の経年変化の状況を個体識別して継続観察している傷病越夏個体が4羽ほど生息しています。今日のブログは額羽毛の経年変化のことではなく、この時季特有とも言える行動です。これまでもそのことはブログで取り上げてきましたが、今回も取り上げさせて下さい。『この時季は…』と断っているのは、北上飛去に伴う傷病越夏個体ならではの行動です。そうです。これらの個体は、飛翔するための翼を損傷や切断して飛翔できない個体なのです。でも仲間の白鳥達は毎朝採食のためにこの池を飛び出して行くのです。飛べない彼らも飛べないということが分かっているはずなのに、仲間が池を飛び出して行く行動には心が動かされているようです。この池にいる傷病個体で長い個体では、7回目の春を迎えている個体もいるのです。7年経ってもこの池からまだ飛び出して行きたいのです。仲間の白鳥達と一緒の行動を取りたいようです。極東ロシアが故郷の白鳥にとってやはりまだ帰りたいという思いがあるんでしょうか。
 4月17・18日に一番目立ったのが、2018年12月2日に初確認したコC個体の行動です(写真11)。
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 写真 11 鳴き声を上げながら水面を移動し続けるコC個体

 このコC個体は、幼鳥2羽とつがい相手の計4羽で訪れていましたが、左翼初列風切が損傷して飛翔できない状況でこの池で2シーズン目の終わりを迎えたものです。2018年シーズンのこの冬の観察している間に家族と再会しているような状況は確認できていません。このコC個体が見せた行動は、この池から早朝の白鳥の飛び出しが始まると何事があったのかと思われるほどの池全体に響き渡るような悲痛な叫び声を上げて水面をあちこちと動き回るのです。でも飛び出すような素振りは見えませんでした。悲痛な甲高い鳴き声を一定の間隔を置くように発しているのです。声を発した後に怒りを感じた時に行うように頭部を水中に差し入れて、水中から頭を持ち上げるとまた悲痛さを感じさせるような鳴き声を発する行動を繰り返しているのです。白鳥達全てが池を飛び去った後は何事もなかったかのようにいつもと同じ行動になるのです。何を訴えたかったのでしょうか。家族がやってこないことを悲しんでいるようにも思えました。
 残り3羽の傷病越夏個体の行動は、この時季に見られるような飛び上がれないのに飛び上がろうと水面を走り出す行動でした。
 コA個体は、2012年12月に左翼初列損傷の成鳥として確認していますのでこの池で7回目の春を迎えていることになります(写真12)。
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 写真 12 水面を勢いよく走り出すコA個体(左翼初列欠損が分かる)

 コA個体の怪我は左翼初列風切が2本ほど欠損しているだけなのですが、飛翔に重要な働きをする羽ですので飛び上がれないのです。成鳥として7回目の北上飛去の季節を迎えてもやはり何度も飛び上がろうと試みていました。この池に残っている傷病鳥としては一番怪我の程度が軽いのですが飛び上がれません。やはり何としても飛び上がりたいようです。でも何とも致し方がありません。
 3例目は、コA個体と異種ではありますが、つがいのように行動しているオオハクチョウのオA個体もやはり同じように飛び上がろうとする行動を連続して3回ほど見せていました(写真13)。
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 写真 13 傾きながら水面を走り出すオA個体

 このオA個体は2013年12月に左翼欠損の幼鳥として確認している個体です。この個体もこの池で6回目の春を迎えたことになります。コA個体や最後にのべる4例目のコB個体は、毎年春になると必ずと言って良い程毎日飛び出そうと水面を走り出していましたが、このオA個体が飛び上がろうと水面を走り出しているのを確認したのは今回が2回目です。ですからこのオオハクは飛び上がることを諦めているのかなと思っていたので意外でした。でも昨年も最後まで残っていたオオハクの家族群と一緒に飛び出そうと水浴びをしたりして家族群から追い払われていたことを思い出しました。やはり彼らにとっての望郷の念なのでしょうか。このオA個体は左翼がほとんど欠損している個体ですが、飛び上がりたいのです。
 4例目の飛び上がろうと水面を必死に走り出していた個体は、コB個体です(写真14)。
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 写真 14 右翼欠損のコB個体

 このコB個体は,何回となくブログに登場してもらっていた個体です。傷病鳥の戻りラブリングや異種ラブリングやまた違うオオハク個体とのラブリングをしてブログに登場してもらった個体です。このコB個体は2015年1月に右翼切断の亜成鳥として確認した個体です。ですから成鳥としては4回目の春ということになります。右翼が欠損していますから飛び上がることは全く出来ないのです。それでも何回も水面を走り出す行動を繰り返し行っていました。
 この春の北上飛去の時季というのは本当に傷病越夏個体にとっては何とも言えない酷な時季だと一生態観察者として思っているところです。こんな感情を持つのは生態観察者としては失格なのかも知れませんが、失格な生態観察者であってもやはり感じるところはあるのです。

 昨年も述べたかも知れませんが、4月中旬になってもこの北新保大池にコハクチョウがこのように滞在しているのは、コハクチョウを供給している猪苗代湖との地理的関係が大きいと思っています。本州東北地方の太平洋側と日本海側の水田地帯は、毎年ほぼ3月中旬になると雪が溶けてしまって白鳥達が採食しながら北上飛去することが困難になります。この3月中旬頃から白鳥達は,雪解け前線が東北地方中央部の脊梁山脈沿いの内陸部になることを知っているようです。そのために3月に入ってもまだ雪が残っている猪苗代湖周辺への白鳥の飛来が多くなってくるようです。その猪苗代湖周辺の雪解けが始まる頃から国道13号線沿いの山形県内陸部の米沢以北の水田地帯が北上飛去の渡りのルートになっています。この段階で会津盆地周辺に入り込んだ白鳥が、国道13号線の内陸部とは別に国道49号線沿いにこの北新保大池に飛来しているものと考えています。この北新保大池周辺の水田も雪解けが早いのですが、その分、水田に草が芽を出すのも早いのです。北新保大池に飛来した白鳥は、雪解けが進んでいる水田と植物の新芽が芽吹いて来ている両方の水田を採食場にして、ここで渡りのための体力を蓄えているのです。この地域の水田の耕起は、4月下旬頃なのでその頃まで水田採食をしてこの池に留まっていることが出来るのです。水田に芽吹いてきた植物を採食出来ることがこの北新保大池に白鳥を4月下旬近くまで逗留させている要因だと考えています。この時季に北新保大池に逗留しているコハクの中には幼鳥も若干は見られますが、今年繁殖予定のない亜成鳥や若鳥がそのほとんどです。このような環境が変わらない限り、来年の春もこの池には多くの白鳥がやって来て留まるのではないかと考えています。この池は立ち入り禁止の場所も無くすぐ近くで白鳥の観察も出来ます。そのこともありコブ状突起個体などを詳細に観察出来ていると考えています。白鳥観察には欠かせない北新保大池です。この時季になると桜と飛翔する白鳥をカメラに収めようと池の周りには早朝から高齢者を含めた多くのカメラマンも毎日のように訪れています。
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3時間で3,667羽の北上飛去(詳細)

 2019年2月19日のブログ(前の)で、今、 庄内平野は北上飛去の最盛期かも・・・ということをお知らせしていました。その詳細をまとめ終わりました。
白鳥のグラフ c2
  表 1 2月19日の北上飛去の様子

 上の表1が、白鳥が北上飛去した羽数を10分ごとにカウントしたものをまとめたものです。何と午前7時から10時までの3時間で3,667羽の白鳥の飛去を確認しました。この羽数は、2,017シーズンの時の3月1日の最大羽数3,030羽よりも600羽も多い数です。
 19日に最初に白鳥の北上飛去を確認した時刻は7時16分で2群11羽が海岸沿いに北上して行きました。飛翔高度から推測して、恐らく最上川河口周辺からの群れだと考えました。
 2017シーズンの北上飛去をこの場所で確認したのは、2月28日ですからちょうど10日早いことになります。なお2017シーズンの北上飛去の様子については、僕のブログNO.118に詳細に掲載してあります。比較してご覧になりたい方はそちらのブログもご覧下さい。
 今回のブログも同じ定点観察場所での観察情報です。2017シーズンの北上飛去の時にも述べましたが、庄内平野からの北上飛去を観察するには絶好の場所だと考えています。位置情報も前年のブログには載せてあります。 
 2019年の最初のブログにも1月なのにもう北上飛去の様子が感じられると書きました。
 つい先日の2月14日から18日迄5日間ほど関東地方の白鳥の様子を見に行って、帰路に御幕場大池に寄ったのです。すると御幕場の白鳥達も、もう北上したらしいという情報で、急いで帰って来ました。18日の夕方4時頃、所用があって運転している時もの凄い大きな群れが西の空を北上して行くのを見ました。鳥の影の様子や大きさからして、ガンか白鳥だと直感しました。天気予報を確認したら、明日は好天だがその後は雨だと言うことでした。よし翌19日に北上飛去の定点観測をしようと決めました。朝5:30、家を出た時は天気予報とは若干違っていて満月に近い月もその輪郭はぼやけていました。
 車で吹浦港に流れ込む月光川の河口近くを通ると500~600羽以上と思われる白鳥がそこをねぐらとしていました。渡りの時期によく観察される一時的なねぐらです。川にかけられている橋の上下流の両方にいます(写真1・2)。
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 写真 1 橋の上流の白鳥

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 写真 2 橋の下流の白鳥

 どうやら渡りは始まっているようだと思いながら観測地点に到着しました。少し遅いのですが、7時から観察を開始しました。  
 庄内平野からの北上飛去をこの場所で確認するわけは、確かに最上川河口から飛び立った白鳥の行動を観察しても北帰行動だとは分かるのですが、途中で採食行動に水田に降りるかも知れません。でも山形秋田両県の秋田県側に位置しているこの場所で飛去行動を観察した場合、確実に庄内からは北上飛去行動をしたと確認できる地点だからです。
 前述しましたが、今日の北上飛去観察でトータルで92群3,667羽の北上飛去を確認できました。飛去が多かった時間帯は、7時40分~8時30分で、ほぼ昨年と同じ時間帯だと言えると思います。特に7時40分~8時10分までの30分間は、10分間にそれぞれ12群500羽近くをカウントしています。 
 前年もそうでしたが午前9時30分を過ぎると北上飛去をする白鳥の数が目立って少なくなっています。時間帯としてこの位が北上飛去が終了する時間帯なのかも知れません。
 今回の定点観察で特徴的なのは、8時台の飛去群のほとんどが秋田県内陸方面へ鳥海山を越えて向かっていたと言うことと9時台になると海岸沿いや観察地点の頭上を通過して八郎潟方面へ向かう群れが多かったと言うことが挙げられます。

 飛去羽数の状況は、表1でおわかりいただけると思いますので、今回のブログは飛去する白鳥やガンの写真を元に庄内平野からの北上飛去の様子や群れの鳥種の識別判断の観点等を述べてみたいと思います。まず調査地点に飛来してくる白鳥やガンの群れを出来るだけ逃さないように写真撮影します。そして自宅に戻りその写真1枚1枚を撮影時間毎に分類します。その際、飛翔している個体がガンなのか白鳥なのかを1羽1羽確認して羽数をカウントしていきます。今回の観察で撮影したコマ数は1,163枚でした。その識別にも時間がかかるのです。これからブログに掲載する写真で右側を目指して飛んで行く群れは、観測地点から見て海岸線を北上する群れです。また写真の中で左方向を目指している群れは、鳥海山側を北上する群れです。真下から見上げた写真は当然頭上を通過して行く群れです。この観察地点からだけの判断ですが、右側を目指している群れや頭上通過群の目的地の方向には八郎潟方面が考えられます。また左側を目指している群れや鳥海山上空を通過していく群れは、その方向性から秋田県内陸部の方角だと考えています。

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 写真 3 秋田内陸方面へ
 写真3は、左の方向を目指して飛翔していますので秋田県内陸方面を目指しているようですし、飛翔高度もそれ程高くない群れです。50㍉のレンズで撮影すると白鳥の大きさはこの程度のものです。この群れを写真処理のソフトを使ってアップして白鳥かガンなのか、識別して羽数を計測するのです。ちなみにこの群れは左から4羽目に個体が首の長さや翼の形状からガンで、残り全て27羽が白鳥だとカウントしました。

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 写真 4 白鳥とガンの飛翔体形の違い

 ちなみに白鳥とガンで飛翔している形態がどの程度違うのかを見てみると写真4のようになります。この写真は比較的大きく体形を捉えていますので良くおわかりいただけると思います。いかがですか?
 この群は白鳥とガンの混群です。全体で14羽確認できますが、右上の9羽がガンで、左先頭と下側の4羽が白鳥だということはおわかりいただけると思います。

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 写真 5 識別に迷う飛翔写真

 写真5の2群も19日に飛去した群れです。これは識別がなかなか難しいようですが、左上の群れのほとんどが白鳥で32羽、下後方の群れは、ガン54羽だと識別しできますます。1つの群れに白鳥とガンが交じっていることもあるのですが、この2群の場合ほとんど別れているようです。この2つの群の1羽1羽を見てみると左上の群れは、翼も長く首も長いのでガンだと識別する人はいないと思われます。それに対して右後方の群れの体形を良く見るずんぐりむっくりという感じがしませんか。白鳥とガン類の飛翔隊形も覚えておくと識別に役立ちます。

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 写真 6 飛翔高度と種の識別

 今度は飛翔高度と種の識別です。写真6左下に写っている鳥海山の標高は2,236mといわれています。この鳥海山上空の遥か上を北上飛去群は、双眼鏡でようやく群れだということは確認できます。しかし種の識別は機器の力を借りないと出来ません。どの位上空を飛翔していると思いますか?鳥海山の標高からして3,000m以上の上空を飛翔しているのではないかと考えられませんか。もちろん群れとして飛翔しているので写真でも捉えることが出来るのだと思います。左前の群れ72羽のうち47羽までは首の長さや翼の大きさで白鳥だと識別出来ましたが、残りは白鳥としてはカウントしていません。識別できないときには無理してカウントする必要はないと思います。後方の13羽の小さい群れは白鳥としてカウントしていません。出来るだけ正確な羽数を把握するには確実に白鳥だと識別できる個体だけをカウントすべきだと考えています。

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 写真 7 目的地が違う?

 写真7も飛翔高度に関するものです。この写真で高空を飛翔する15羽の群れとそれ程高くない高さを飛ぶ7羽の群れでは、目的地が違うのではないかと推測しています。高高度で飛翔する群れは、より遠くの目的地を目指しているし、低空域を飛翔する群れはごく近くの50km程度の目的地を目指しているのではないかと考えています。より遠距離の目的地を目指す群れはより高い空の気流などを利用することにより、体力の消耗を防ぎながら目的地に飛翔できるようにしているのではないかと考えられます。

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 写真 8  大きな群れ

 写真8は、19日に1枚の写真に一番多くの北上飛去する鳥を捉えたものです。この写真には白鳥とガンを合わせて236羽の個体が写っています。鳥海山の山容とほぼ同じ位の規模を持つ群れです。この中には白鳥と識別できる個体が63羽だけ確認できます。

 北上飛去の定点観察を終えて、庄内平野に戻って来ましたが、朝に大きな群れがいた河口周辺には白鳥が1羽もいませんでした。もちろん朝の採食か北上飛去したものと考えられます。河口から1㌔ぐらいの水田で採食している100羽程度の群れはいました(写真9)。その他に自宅に着くまでの水田には白鳥の姿を1羽も確認することは出来ませんでした。

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 写真 9 庄内平野の採食白鳥

今、 庄内平野は北上飛去の最盛期かも・・・

 関東地方の白鳥飛来地を尋ねたりしてここ5日ほど庄内地方の白鳥観察をしていませんでした。
 今日2月19日朝6時過ぎから、秋田県と山形県の県境の定点で白鳥の北上飛去を観察していましたら、次から次と北上群がやって来ました。本当に次々と北上してくるのです。
 もう庄内平野は、北上飛去の真っ只中かも知れません。
今日のブログは、急いでこのことだけをお知らせすることにします。渡りの詳細については、データーが整理でき次第アップしますので。
 まずは、今日は 北上飛去が始まっていることだけのお知らせです。 
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 鳥海山西側を北上飛去する群れ  2019年2月19日 午前7時20分

2019年1月12日の御幕場大池の状況

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写真 1 2019年1月12日AM6:44

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  写真 2 2018年12月2日AM6:23

 2019年最初の観察として御幕場大池に出掛けました。1月12日午前6時44分の池の状況は写真1です。12月に出掛けた時よりも少し白鳥の数が少ないような感じがしました。12月2日の様子は写真2です。なお参考までに、それ以前の白鳥の南下飛来中の時期の10月22日の状況は写真3です。
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 写真 3 2018年10月22日AM5:42

 いつも御幕場大池の情報を下さる志田さんのお話だと12月中の降雪で池が殆ど凍ったために白鳥の多くはすぐ南にある荒川河口に避難してしまったという。その後少し暖かくなったために白鳥達が戻って来たのだということでした。そのことがあって白鳥がぐっと少なくなったのではないかとも教えて下さいました。観察した日が環境省のガンカモ生息調査にごく近い日ですので、この位いの数がこの御幕場大池の白鳥の数として報告されるのではないでしょうか。もちろん写真の場所はこの池の北西側ですので、北東側にも少し白鳥がいましたので若干多くはなるとは思いますが・・・。
 ちなみにこの日の白鳥達の採食への飛び出しは、7時17分にコハク2羽でした。ただその後の飛び出しは殆ど見られずに、次々と飛び立ち始めたのは7時50分過ぎでした。そしてこの朝のこの池からの最終の飛び出しは9時26分でした。以前のブログにも載せましたが、この時期には白鳥の採食への飛び出しはぐっと遅くなる傾向があります。場所が違うので同じようには扱えないかも知れませんが、1月14日の最上川河口での朝の飛び出しはぐっと遅く午前9時20分頃からそろそろ始まったほどです。この時期は、寒さで採食場所が凍結していることが多いための白鳥達の自然適応術ではないかとも考えています。
 今日の御幕場大池の観察としては、①ナマリ中毒症状の白鳥のこと ②ロシア着標の標識鳥のこと ③アメリカコハクチョウのつがい関係のこと の3つを予定しています。

① ナマリ中毒症状の白鳥
 前日の11日昼過ぎから観察を開始しましたが、この時にはこの池に傷病越夏白鳥として継続観察の対象としているオオハク4羽とコハク3羽の7羽が池の南東側で確認できました。池の様子を見て回ると池の中央北側の傷病白鳥がよく休息場所としている所に、コハクがもう1羽いました。そのコハクは殆ど動かないで、岸辺を背にして眼を閉じたままくちばしを時々パカッっと開けたり、特に水を飲むわけでもないのにくちばしを水に差し入れる行動を繰り返していました。その行動から、間違いなくナマリ中毒の症状だと言うことが分かりました(写真4、5)。
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 写真 4
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 写真 5

 一昨年に木間塚(大崎市)でナマリ中毒の個体を観察しましたが、まだナマリ中毒症状を示す個体がいるのかと改めて思ったところです。翌12日には別の場所で池に遊びに来た子ども達がすぐ近くまで寄っているのに殆ど動くこともしないでただじっとしているだけでした。この池で鳥類の観察をしている中島さんのメールではかなり前から具合の悪そうなコハクがいたということでその個体ではないかということでした。
 このナマリ中毒症状のコハクに関して、傷病鳥で昨年の冬から左翼初列風切を損傷して残留している個体の面白い行動を観察しました。
このコC個体(傷病鳥を識別するために個体毎に付けている呼称)は、今では他の傷病鳥と集団で行動するようになりましたが、この池に残るようになったこの春頃は、他の傷病鳥の群れとは離れて行動することが多かったのです。そんな行動をしていたコC個体が、新たにこの池に留まっているこのナマリ中毒症状のコハクに対して、頭部を下げて威嚇し、追い払う行動で場所の移動を促しているのでした(写真6)。
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 写真 6
まるでこのコC個体がこの池に留まり始めた時に他の傷病鳥からされていた行動と全く同じ行動をするのでした。優しくしてやれば良いのにと思ったところでした。

span style="color:#0000ff">②ロシア着標の標識鳥
 2018年10月22日この御幕場大池で観察した時に、ロシア着標のコハクA34 の個体のことをブログに書きました。その時と全く同じ形の首環発信機を着けている個体を発見しました。首環に付けている太陽光パネルの形状はA34の時のものと全く同じなのですが、左脚の足環標識の色が真っ白なのです(写真7)。
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 写真 7 真っ白な足環(左脚)

 右脚にもアルミ環の標識を着けているのですが、数字は?4だけしか解読できません。首環標識からロシア着標個体だとは思ったのですが、足環の色が真っ白なのです。帰宅してネガチェックをしていると白い標識になにやら数字らしきものが何とか読み取れました。その足環の部分の数字が読み取れるように画像を絞り込んでみたり、明るくしてみたり試行錯誤をしていると、偶然にもその文字を読み取ることが出来ました。何とか『A30』と読み取れるようです(写真8)。
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  写真 8  A30と読み取れる

 また左脚の真っ白な足環の内側部分に1ヶ所だけ赤い色を発見しました(写真9)。
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 写真 9  左脚環上部に赤い色が

 やはり間違いなくロシア着標の標識鳥だということが分かりました。10月の時よりも前の番号でしたが、やはり同じ研究者が一緒に着標したのではないかとも思われます。もちろん関係機関を通して連絡をするとその状況は分かるとは思いますが、同じ着標個体が、2羽とも御幕場大池を訪れているということは、その場所とこことはルートがあるということなのでしょうか。番号が近いこともあり木間塚で11月に観察した個体は幼鳥3羽に同じように足環に着標されていましたので、場合によっては兄弟ということも考えられます。もう少し分かりやすい標識だと発見する方ももっと楽に見つけられるのに、最近では、ロシアのものは、電波を利用しているためか観察者の力を借りる必要のない標識鳥になっている気がしますね。
  
③アメリカコハクチョウでつがい関係が 
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写真 10 2019年1月12日
 
 アメコがこの御幕場大池にいるのは、けして珍しいことではありません。この2018年シーズンでの10月22日と12月3日の観察の時にもこの池で確認しています。ここでアメコについて取り上げようと思ったのは、このアメコとつがいのコハクのことで気がついたことがあったためです。このアメコが飛び立ちのための行動を起こしていた時にすぐそばにつがいと思われるコハクが同じように頭振りの行動を起こしていました。恐らくつがいに間違いはないだろうと思って10月22日のネガを調べてみると同じビルパターンのコハクがこの日もそばにいました。「うん、間違いなくつがいだ。」(写真11)
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写真 11 2018年10月22日

 そこでこのつがいは何時頃からこの御幕場大池に渡来しているのだろうかと気になってネガを遡って調べてみました。遡って調べてみると2014年2月14日には、この2羽がすぐ近くにいるのが写っているネガがありました。どうやら2014年にはこのアメコとコハクはつがいで御幕場大池に渡来してきていたようです(写真12)。
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  写真 12 2014年2月14日

 その後の2016年11月12日、2017年2月24日にも2羽が近くにいるネガがありました(写真13)。
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 写真 13 2017年2月24日

 ただ今回もそうですが、幼鳥を連れていると思われる写真を捜すことは出来ませんでした。でも2010年にはこのアメコ単独行動の写真もありました。ということは、このアメコは2010年以降の毎シーズンこの御幕場大池に渡来してきていた可能性があり、2014年以降はコハクとつがいで来ていることになるようです。
 アメコの家族連れという観点で個体識別をしていなかったためにそのようなネガの整理をしていなかったからかも知れませんが、このアメコが幼鳥を連れている写真は確認できませんでした。
 でもアメコのつがいという観点で連れ合いのコハクのビルパターンを捜すことは、アメコ単独を捜すよりもアメコの近くにいるコハクのビルパターンという観点で捜す方がとても簡単でした。
 今回アメコ1羽という観点ではなく、つがいでという観点を入れると同じ個体と6シーズンはつがい関係が継続しているということも確認できました。白鳥は生涯同じ個体とつがい関係を継続しているということの1つの証の助けになるのかなと感じた所です。
 生態観察ということで写真を撮影していますが、撮影したネガを出来るだけ時間をおかないで整理しておくといざというときに素早く検索できるようですので、お勧めします。

 追伸 
 1月14日が好天だということで最上川で観察しているとオオハクチョウの群れが、上空を北に向かって飛び去って行きました。もう北帰行?と思いながら見ているとその群れに対して水面にいたオオハクが何羽も鳴き声を発し、上空の群れもそれに対して同じように鳴き交わしていました。いつも採食に行く群れと水面の白鳥がこのような鳴き交わしをすることは殆ど見られません。ここしばらくの気候の関係かどうもあの群れは北上飛去したのではないだろうかと思ったほどの鳴き交わし方でした。ガンの群れも3群ほど同じような方向に飛び去っていきました。ちょっと早いようですが、白鳥が動き出したのかなとも感じたので書き添えました。

木間塚・伊豆沼(内沼) 2018シーズン最初の観察 2018年11月2~4日

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 写真1 木間塚

 先週末11月2日~4日迄 宮城県の木間塚・内沼の白鳥の状況を観察に出掛けました。最初に訪れた木間塚は、今夏の大雨の影響でしょうかこれまでと違っていました。昨シーズンまでは鳴瀬川の中州が白鳥観察には本当に具合が良かったのです。ところが今夏の大雨の影響でしょうか流れが変わって観察には若干条件が良くないのかなという感じです。でも別な見方をすると白鳥達にとっては逆に人間にあまり邪魔をされずに休息できるということになったのでしょうか(写真1 木間塚)。
 木間塚大橋直下の砂州はまだ若干あるので観察にはそれなりに不自由はないようです。

木間塚と内沼の白鳥と最上川河口や北新保大池の白鳥達の採食行動パターンが違うようだ

 前から不思議に思っていたのですが、木間塚と内沼の白鳥も最上川河口や北新保大池(村上市)の白鳥も日の出と共に採食のために飛び出していきます。ところがここから違うのです。どう違うかというと木間塚や内沼の白鳥達は、数時間するとまたねぐらとなっていた鳴瀬川や内沼に戻って来る個体も多いのです。ところが最上川河口や北新保大池の白鳥達は、早朝にソソクサと急いで採食に飛び出して行くのですが、日中にはねぐらにほとんど戻って来ません。ねぐらに戻って来るのは日没直後がほとんどです。朝早く飛び出して夕方、日没後にねぐらに戻るというのが越冬期の白鳥の採食行動のパターンだと思うのですが・・・。そのためか木間塚と内沼ではいついってもそれなりの数の白鳥を見ることが出来るのです(写真2)。
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  写真2 11月3日 8:47撮影

 ところが最上川河口では日中は全く白鳥を見ることは出来ませんし、北新保大池でも日中に見られる白鳥の多くは越夏傷病鳥だけなのです。怪我をして飛び出すことが出来ない白鳥ですから1年中いつでも見られる白鳥なのです。
 最上川や北新保大池でも積雪期や寒さが厳しくなると採食に飛び出して行かない白鳥達が居ます。何が彼らの行動に違いを起こさせているのでしょうか? もう少し詳しく調べてみる必要があるのかも知れません。あなたの近くの白鳥達の行動は如何ですか?気がついたことがあったら教えて下さい。


 水田の稲穂に群がる白鳥達
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  写真3 稲穂採食の白鳥

 上の写真を見てどう思われましたか?僕は、この白鳥達を見た時にはびっくりしました。こんな事をしていると水田に入り込んで稲穂を食べる白鳥達ということで嫌われるのでは?と思ったほどでした(写真3)。
 ところが後で分かったことですが、実は僕の思い違いでした。何故思い違いをしたのかというと水田に生えている稲の背丈が通常秋に稲刈りをする時とほとんど同じ背丈だったからです。稲刈り前の水田に入り込んで大切な稲穂を食べている白鳥だと思い込んでしまったのです。稲刈り前の水田に入り込んで水稲の稲穂を食べている姿はこれまでの長い間の観察でもたった1度だけしか観察していません。でもこの時は、農家の方が刈り取りの時期を過ぎても稲刈りをしなかったために白鳥が入り込んで稲穂を食べていたという状況だったのです。今回もその時と状況がほとんど同じだったために僕が思い込んでしまって勘違いしたのです。
 水田に入り込んで稲穂を食べている白鳥はほとんどがオオハクチョウでしたが、コハクもアメコも1~2羽確認できます。その数およそ300羽は居ます。刈り残しのあるように見える水田は2枚です。よくよく見ると稲穂をついばみながら進んでくる方にはたわわに実って垂れ下がった稲穂が見えますが、食べて通り過ぎた周辺の稲は、穂先がなく真っ直ぐに立っています(写真4)。
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  写真4 採食前と採食後の稲穂

 この水田に白鳥が入り込んで稲穂を食べているということを伊豆沼で長い間白鳥の写真を撮っている伊藤さんという方にお話ししたら「うん!あれは二番穂を食べているのだ」と平気な様子です。ところが僕の見た様子ではどう見ても二番穂の大きさではない水稲の背丈なのです。そのことを話しても「うん!あれは二番穂だ」と言うのです。二番穂を白鳥が食べると言うことは本埜(千葉県)の白鳥を観察していて分かっていました。でも本埜では二番穂の背丈もせいぜい20cm位でした。
 翌日、二番穂のことは気になっていたのですが、伊藤さんから伊豆沼の彦道という白鳥の良く見られる場所に案内していただきました。そこでも水田に入り込んで稲穂を食べている白鳥達が見えました。その場所に行ってみるとやはり白鳥達が水田に入り込んで二番穂を食べていました。その場所の稻は、背丈が低くてせいぜい30cm位です(写真5)。
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   写真5 二番穂と分かる背丈の稲穂
 
  この位の背丈の二番穂だったら二番穂を食べているという伊藤さんの言葉を信じられるのですが、前日稲穂を食べている白鳥達がいた水田の稲穂は白鳥達の背丈を越していたのです。
 どうしても気になるので伊藤さんと別れて、前日白鳥達が水田に入り込んで稲穂を食べていた水田に行ってみました。やはり水稲の背丈は、70~80cmもあり稲穂もたわわに稔っているのです。やっぱり二番穂の水田ではないと思いながら稲株を見ると何と稲を刈った後の切り株があるのです。しかもその稻株から二番穂が伸びているのです(写真6)。
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  写真6 切り株から二番穂が・・・
 
 エッ!やっぱり二番穂なのだ!びっくりしました。二番穂がこんなに伸びていて実を付けているのです。ただただびっくりです。こんなに伸びると言うことは相当前に稲刈りを・・・ 。確かに早場米ということばもあるけれども11月の始めにこんなに伸びてしっかり実を付けている二番穂があるなんてのは、驚きでした。インターネットを検索してみると本埜の小学校ではやってくる白鳥達のために二番穂の実を刈り取ると言うことも出ていましたが、こんなにも伸びてはいない写真でした。
 この季節になって水田に入り込んで稲を採食する白鳥がいたら二番穂かどうかきちんと確かめることが必要だということを教えていただきました。

この幼鳥たちも標識鳥なんでしょうね
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  写真7 幼鳥3羽に赤色脚環が

木間塚で撮影したネガを家に帰ってチェックをしていると赤い脚環の標識を着けた幼鳥3羽がいるのに気がつきました(写真7)。
もちろん撮影した時には気がついていませんでした。赤色の標識なのでロシアで着標した個体だと思われますし、一緒に着水した家族4羽のうち親鳥一羽は首環も脚環も確認できません。ただこれも初めてなのですが、幼鳥には3羽ともに同じように赤色の脚環が付けられてあります。幼鳥に脚環ということは、本当に生後間もなく、しかも同じ時期に生まれたと思われる3羽全部に着標したということになるのでしょう。残念ながら脚環の№は読み取れませんが、先日ブログでもお知らせしましたが、数字の色は黒ということまではわかります。昨年木間塚で確認したロシアの標識鳥の脚環の文字の色は白色でしたのでちょっと違うようです。それとちょっと疑問に思ったのは、幼鳥3羽の脚には赤色の№付きの標識が着けられているのに首には1羽も標識が着けられていないのです。もちろん電波発信機も付けられていません。また親鳥と思われる成鳥には、首環も脚環も全くありません(写真8)。
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  写真8 首環も脚環のない成鳥(左) 

 同じ巣で育ったと思われる幼鳥3羽の脚には着標してはいるのですが、首に着標していないのは、着標時に幼鳥があまりにも幼いからなのかなとも思ったりもしています。でも脚環は、水に入っているとまず確認できないし、首環もないので着標者にほとんど報告されることもないのでは?標識を着ける意味があるのかな?と思ったりもしているところです。
 幼鳥3羽が今後どのような行動をするのかを観察するための標識でしょうか。

白鳥の霧もみ飛翔

 だいぶ以前にも白鳥の霧もみ飛翔についてはお知らせしたことがあります。この霧もみ飛翔は、ガン類がねぐら帰りの時、急激に高度を下げようとする時に用いられるとも述べられていますが、白鳥でも渡って来た時やねぐら帰りの時などに良く観察されます。今回も採食帰りと思われる群れの降下着水時に見られました。今回は天気も良く戻って来るのをしっかりと目視できてカメラで捕捉していたのでしっかりと写真に納めることが出来ました(写真9)。

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  写真9 霧もみ飛翔(左3羽)
 
 今回は6羽が一緒に戻って来ましたがその内3羽の白鳥が霧もみ飛翔で高度を下げるような飛翔をしていました。もちろん1羽だけのこともあります。でもこれまでの観察では同じ群れで帰ってきた時には少なくても2羽が霧もみ飛翔をするということが多かったように感じています。
 今回は好天ということもあり良い条件でしっかりと連続写真に納めることが出来ました。

霧の中でも飛ばなければならないのです

 今回の木間塚・内沼の白鳥観察は、11月3日4日ともに朝霧に見舞われました。僕の地元の最上川河口でも霧が発生することはありますが、本当に稀です。でも今回は2日に亘って朝の飛び立ちの時に朝霧という状況でした。少しがっかりしましたが、このような朝霧の時の生態行動を観察できるチャンスだと心を切り替えて観察することにしました。
 朝霧で、僕の視界はせいぜい100m以下だと思われるのに、白鳥達はいつものように水面から採食に飛び出して行きました(写真10)。
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  写真10 ほとんど見えない中を飛翔
 
 こんな時に周囲に電線があれば当然衝突して負傷ということも考えられるのに飛び出して行きました。霧の中で確認できるのは呼び交わす鳴き声と翼を羽ばたかせる音や飛び立つ水音だけです。本当にこんな中で送電線が・・・と考えると僕だったら躊躇するだろうに、でもこの周辺には送電線もなく白鳥達は飛び出して飛翔していました(写真11)。
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  写真11 霧の中を飛び出すオオハク 

 もちろんこれまでも白鳥達は、吹雪の中でも激しい雨の中でもごく普通に飛び出していました。
自然の中で生きる白鳥達や野鳥たちが安心して安全に飛び回れる環境を作ってあげるのも人間の仕事かな何て思いながら霧の中で観察をしていました。
 やっぱり実際に現地に足を運んで観察するといろいろなことが分かるのです。生態は自分の足を運んで自分の目で確かめることが一番大事なことだと改めて実感しました。

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